《MUMEI》
渡せない
来てしまった…。
来てしまったけどなかなか建物に入れない。
てか何をしたいのか、何を言いたいのか自分でも……わからねえ状況…。
収録が早く一段落して俺は加藤君が入院する病院まで来てしまった。
始めは自宅に車を向けていたのに。
なんだかいてもたってもいられなくなっちまったから…。
とりあえず一服しようと灰皿を捜すが、どこを見渡してもなさそうだ。
仕方ねーから遊歩道の木の影で吸うかと、俺はそちらへ足を向けた。
▽
ベンチが視界に入ってきた。
紅葉が進んだ木々の道。
コート位着て車から出るんだったと後悔する。
今日はやけに
寒い。
「……!!あ…
おいっ!だ、大丈夫かっ!」
ベンチにうずくまる一人の人間。
履いていたらしいスリッパが地面に落ち、真っ白い素足が覗いている。
そいつはベンチの背もたれに顔を埋めている。
「−−−大丈夫です、ちょっと横になっていただけですから」
そう言うと、そいつはゆっくりと身を起こしだした。
「あ〜びっくりした!倒れてんのかと思ったぜ、な、君ここで入院してる患者さんか?寒いからこんなところに……」
起き上がったそいつはゆっくりと俺を見上げた。
「…お久しぶりです、…−−伊藤さん…」
「か…とう…君…」
力無く、無理矢理笑顔を作る加藤…惇。
ゾクリとした。
こんな…加藤君を見たのは…
こんな人間を見たのは初めてだ…。
握りしめていた煙草とライターが
コトリと落ちた。
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