《MUMEI》

私は艶子を愛していた。
彼女は私の幼なじみで、そんな彼女は私をまるで兄のように慕う。
そして私は彼女を戀人のように慕う。

でも、口にはしない。

艶子には相手がいる。
其れが当時まだ、売れない作家だった首塚斬士朗で或る。
彼女は先生に夢中だ。
初めて彼に遭ったときは、艶子と木に上っていた。
私のような凡人には理解出来ない二人の世界が在り、私は憧れながらも指をくわえて見るしか無かった。


先生と謂うのは彼が自身で名乗るので艶子が敬愛し、また、面白がってそう呼んでいたので私も自然とそう呼んだ。


首塚斬士朗はまだ名も無い作家だった。
作家の代筆と謂う形で急病になった作家の模倣した文章や卑猥な俗物本に淫乱女の虚偽な自伝を書いた。

彼曰く、生きる糧の為に卑しい快楽をいかに純粋に表現出来るかを実証しているのだそうだ。


彼の身辺は謎に満ちていた。
どうしたら彼のような発想が出来るのか不思議であった。
艶子と俺は彼の其の天真爛漫さに魅力を感じた。
彼はまた、当時十六歳だった私より二つ上なのだが、非常に大人びた色香を漂わせていた。
机に向かい執筆する姿が、髪を耳に掻き上げる日常の仕草が息を飲んだ。

そんな、新しい刺激と出会って彼女が惹かれてゆくことで少女から女性に孵化するのを淋しく思った。

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