《MUMEI》

思わぬそれに高岡は弾かれた様に顔を上げる
「アンタがそんな真顔で嘘や冗談言う筈ないし」
「由紀……」
その言葉が嬉しかった
安堵し、ほっと胸を撫で降ろせば
その直後に、高岡の小指の先から細い銀糸が現れる
「……何、これ」
自身の手を見、小指から垂れさがるソレを眺め見た
だがその銀糸は高岡にしか見えていないらしく
傍らの遠野は、高岡の様子に不安げに顔を覗き込んでくる
「蒼?」
どうかしたのか、との遠野に高岡は慌てながら首を横へ
何でもないのだと返すと、徐に席を立った
「……心配掛けてごめんね、由紀。私、ちょっと行ってくる」
「行くって、さっき話してた十字路に?」
「うん。このままじゃ、何かすっきりしないし」
言って終わると同時に高岡は店を後に
最短距離でそこまで行こうと、自身で書き殴った見にくい地図を広げ見れば
そこに、書いた記憶のない一の辻、二の辻、三の辻、四の辻、の文字が
しかも、どうしてか一の辻は朱色の何かで塗りつぶされていた
もちろん、高岡はそんな事をした覚えなど無い
「……次に行けって事?」
そうする様導かれている気がして
高岡は地図を頼りに二の辻へ
ソコヘ着くなり、また景色が歪む事を始める
「また、来たか。標糸」
漸く、歪み違和感が薄れれば
辻の中央に少年の姿があった
四方全てを朱に囲まれ、少年の頬にまで朱の色
その手形へと、少年は愛おしいそうに己が手を触れさせる
「温かい。でも、足りない。足りない……」
全身に朱を纏いながら、それでも更に朱を求め手を伸ばす
異様な光景
だが、その様はひどく寂し気なソレだ
「……ねぇ。アンタは、一体何を望んでるの?」
つい問うてしまった高岡に、少年は相変わらず無感情な顔をして向けながら
だが微かに何かを憂う様な眼をし
「……一人に、するな」
細い声で呟いて
一体何の事を言っているのか
高岡は小首を傾げてむけ、そして問うていた
しかし、少年からそれ以上の返答はなく、朱の手形達と共にその姿は消えていた
結局、何一つ解らないまま
高岡はそこに立ち尽くすしか出来ない
「……あれの言葉を聞こうなどと、お前は酔狂な娘だな」
その高岡の脚元
下から聞こえてした声へと眼を向ければ
ソコには、あの猫が前の脚をきちんと揃えて座っていた
溜息混じりの様な、呆れた様な表情で高岡の方を見やる
「……その顔、何かすごく腹立つんだけど」
猫の両頬を高岡は徐に掴むと、横へと限界まで伸ばしていた
髭と皮膚が引き伸ばされる痛みに、流石のその猫も手足をばたつかせる
「このまま髭引っこ抜かれたくなかったら、アンタの知ってる事全部吐きなさい」
据わった目つきで凄んで
その彼女らしからぬ迫力に、猫もついたじろいでしまう
「儂は、その……」
「何?」
早く言え、と引く力を更に強めてやれば
猫は益々手足をばたつかせる
「……その辺にしといてやれ。後で化けて出るぞ」
止める様促す男の声
高岡は、だが止める事はしないままそちらへと向いて直る
相も変わらず黒の装い。
今の高岡には、それすら憤りを覚えるモノになってしまう
睨みつけたまま無言で男へと歩み寄ると、着物の袷を引っ掴んでいた
「ちょっと、顔貸しなさい」
「は?」
「全部、私が納得いく様に説明してもらうわよ」
いい加減、状況理解がしたい
高岡は男へとそう低く告げると、一人と一匹を引きずって帰宅
突然、男を連れ帰ってきた高岡に母親は驚いていた
「お帰り、蒼。その方はお客様?」
それでも穏やかに高岡へと問うてきた母親へ頷いて返し
ただいまを遅ればせながらに伝えると自室へと上がっていった
鞄を手荒くベッドの上へと放りだすと
高岡は男へ座る様言って向け、自身もその向かいへと腰を降ろす
「で?人をこんな処に連れ込んで、お前は一体何が聞きたい?」

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