《MUMEI》

5年まえ、事故に遭ってからわたしは長い眠りについた。

数週間まえに、わたしは目を覚ました。なにもかも、わからなくなっていた。

夢であればいいのに。

何度か、そうおもった。

そして今も、

ほんとうは、まだ悪い夢を見ているのではないかと、


わたしは、疑っている−−−。





◆◆◆◆◆◆




果てしない、暗闇に降り注ぐ、
冷たい、雨…。

その中を、わたしは一生懸命走っていた。

あるひとを、捜して。


早く、早く、早く−−−!!


込みあげてくる、焦燥感がわたしを急かす。

遠くで、ぼんやりと浮かびあがった、青いランプが点灯する。

その先に、こちらを睨んでいる少年を見た。


どこかで見た、少年だった。


わたしは地面を蹴る。

水たまりが、儚く、しぶきをあげる。

疲れきったからだが、重い。

それでも、足をとめなかった。

わたしは、濡れぼそった少年にむかって手をのばす。

もうすこしで、少年に触れることができると、おもったとき。


青いランプが消え、赤い光がともった。


瞬間。


耳をつんざくような高音に、わたしは足がすくんだ。


その夢の中で、
わたしが最後にみたものは。


蒼白したドライバーの顔と、眼前に迫りくるシルバーのボンネットだった。





わたしは、叫びながら目を覚ます。
あたりは相変わらず真っ暗だった。夢と違うのは、ここがわたしの部屋であり、わたしはベッドの上にいて、わたし以外のひとはいないということだった。

いやな汗が、全身にまとわりつく。

退院してからというもの、わたしは5年前の事故の夢ばかり見る。

出口のない迷路に迷いこんだように。






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