《MUMEI》 柊は、わたしが寝ているベッドに腰をかけ、そしてすこし考えるように目を伏せてから、小さい声で呟いた。 「あいつは、しんだよ」 わたしは、瞬いた。一瞬、意味が理解できなかった。 −−しんだ…? 心の中で、繰りかえす。 わたしがなにか答えるまえに、柊は言った。 「5年まえ、栞と一緒に車にひかれて…あいつ、即死だった。意識のないおまえを、しっかり抱きしめて、そのまま−−−」 そこで言葉を詰まらせた。柊は、泣きそうな顔をしていた。 わたしは、思考が停止した。 柊は必死に言葉をさがして、つづけた。 「潤のこと、栞が気にするとおもって黙ってた。ほんとうのことを知ったら、きっと、自分を責めるだろ?だから…」 言えなかったんだ…。 わたしは瞬いた。涙は出なかったけれど、心は泣いていたとおもう。心の中が、からっぽになったきがした。 理由は、わからないけれど。 柊は遠くをながめるような目をして、ぼんやりと呟いた。 「おばさんや、静さんも言ってたとおもうけど、ほんとうに酷い事故だったんだ。俺は、なにもできなかった。濡れたアスファルトの上で、動かなくなった栞とあいつを、ただ、見つめていることしか」 わたしは柊の顔を見た。彼もわたしを見つめていた。 その顔が、夢で見た、あの少年のそれと重なったきがした。 ずいぶん、事故のことくわしいね…と、わたしが呟くと、柊は両手で顔をおおった。 しばらく黙ったあと、柊はぽつんと、「言えなかったことが、もうひとつある」と、囁いた。 「白状するよ。5年まえのあの日…事故が起こったとき、俺、あの交差点にいたんだ。俺の目の前で、栞とあいつは車にひかれたんだよ」 ◆◆◆◆◆◆ 柊は、昔から女の子に、よくモテた。 顔立ちがととのっているせいなのか、すらりとした長身のせいなのか、それとも、彼のおだやかな性格のせいなのか。 . 前へ |次へ |
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