《MUMEI》

わたしは自分の下駄箱からローファーを取り出し、履いていた上ばきをしまう。

「このニオイつきのチョコを、食うのはちょっとキツイとおもわない?」

ひとりでしゃべっている柊を無視して、わたしは下駄箱の扉を乱暴にしめた。
バンッとあらあらしい音が、昇降口に響く。

「リアルすぎ。キモい」

不機嫌そうに、そっけなく言うと、柊はわたしの顔を、ひょいっと覗きこんだ。眼鏡のレンズごしに、悪戯っ子のような瞳が光っている。

「なに?シットしてんの?」

かわいい、栞!と大声でからかった。ムカついたわたしは、持っていたかばんで、柊の広い背中をおもいきり殴った。

殴られたっていうのに、柊はひとりでニヤニヤしていた。




それは、わたしたちが付き合って間もない、2月、バレンタインデー間近の、ある日のこと−−−。


わたしたちは、柊がもらったたくさんのチョコの包みを抱え、一緒に柊の家へむかった。




柊の部屋で、わたしはチョコレートをあさっていた。柊から、すきなものを持ってかえっていいよ、と言われたからだ。

「ぜんぶ柊が、ひとりで食べなきゃ。かわいそうじゃん」

最初に、わたしがそう断ると、柊はうんざりした顔でチョコの山を見つめた。

「そうしたいのは、山々なんだけど、さすがにコレをぜんぶ食ったら、デブになるとおもうよ」

柊の返事を聞いて、そりゃたいへんだ、とわたしはチョコをもらうことにした。せっかくスリムな柊が、太ってしまうのは素直にイヤだった。

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