《MUMEI》

わたしがチョコを物色している横で、彼は窓の外をながめていた。窓の外に広がる空は、どんよりとした灰色のあつい雲におおわれていて、すこし薄暗かった。

冬の、せつない匂いがした。

きれいな柊の、眼鏡をかけた横顔を盗み見ながら、わたしは、ねぇ、と呼びかけた。

「どうして、眼鏡をかけはじめたの?」

柊は中学のころ、眼鏡をかけていなかった。彼は、それほど目も悪くなかったし、中学当時は、バスケ部に所属していて、プレーの邪魔になるからだ。

それが、高校に入学するとすぐに、眼鏡をかけはじめたのだ。
その理由が、わからずにいた。

わたしの質問に、柊は振り返った。レンズのむこうにある、きれいな双眸を細めながら、答えた。

「どうしてって、決まってるだろ。オシャレだよ、オシャレ」

その返事に、わたしは一瞬固まり、そしてあきれた。

「それだけ?」

「それだけ」

わたしはまた、あきれた。

あきれているわたしをよそに、柊は、その眼鏡のブランド名を口にしたのだが、どうにも舌をかみそうになり、覚えられなかった。

半眼で彼を睨んでいるわたしに、柊は、そんなことより、と話を変えた。

「栞のチョコは?まだもらってないけど」

わたしは瞬いた。そして、わたしたちの目の前にある山積みのチョコを指さす。

「どうぞ、おすきなだけ」

そう言ってのけると、柊は批難の声をあげる。

「おまえ、仮にも彼女だろ?」

「だって、毎年、チョコたくさんもらうから、いらないって言ってたじゃない」

サラリと答えると、柊はわたしの方へ身を乗りだした。

「それは、去年までの話だろ?今年は、今までとは違うじゃん」

そう。今年は違う。
今年のバレンタインデーは、付き合ってはじめてむかえる、記念のイベントなのだ。
そのくらい、わたしだってわかっていたけれど、どうしても照れくさくて、チョコを用意するのは、気がひけた。

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