《MUMEI》
少年
わたしが黙っていると、柊はすねはじめた。

「いいよ、別に。栞が薄情なのは、昔から知ってたし」

その台詞に多少ひっかかるものがあったが、あえて無視して、わたしは自分のバッグの中をあさりはじめた。
そして、小さな紙袋を取りだして、柊の方へ差しだす。

「メリーバレンタイン」

それだけ言った。柊はわたしの紙袋を見つめ、なにそれ、と不満そうに言った。

「なんか、近所のホームセンターのロゴが入ってるけど。あんなところで、チョコ、売ってたっけ?」

わたしは、いらないならいいよ、と、紙袋を再びバッグの中へしまおうとする。すると、柊はあわてて、ください!と紙袋を引ったくった。

彼が紙袋をあけると、中から花の種が出てきた。

「スズラン…?」

わたしは頷く。

「来月くらいから種まきすると、ちょうどいいんだって。かわいい花だし、いいでしょ?」

わたしは照れくさくなり、顔をそむけた。

柊は、花がすきだった。

だから、ありきたりなチョコをあげるより、こういうほうが、喜ぶんじゃないかとおもったのだ。

柊はしばらくスズランの種のパッケージをながめ、それから突然、わたしに抱きついた。わたしがびっくりして、なに?と尋ねると、柊はわたしの耳元で、ありがとう、と囁いた。

「だいじにするよ、スズランも、栞も」

柊の低い声に、心が震えた。

そっと柊の背中に自分の腕をまわす。ピッタリとからだを寄せあって、わたしたちは見つめあった。

そのとき。

バタバタと廊下を歩く音か聞こえ、ノックもされず、部屋のドアが乱暴に開けられた。
わたしと柊は抱きあったまま、ドアの方を見やる。


そこに、立っていたのは。

なつかしい中学校の制服を着た、柊とそっくりな少年だった。


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