《MUMEI》 危険な夏の海千夏が仕方なく穏やかな顔で言った。 「美沙子も行ってくれば。あたしは怒ってないから」 「でも」 「千夏は一人で寂しくない?」純が笑顔で聞く。 「アホか」 「じゃあ行こ美沙子」 「千夏ホントにいいの?」 千夏は純の顔を見た。 「美沙子を危険な目には遭わすなよ」 「あれ、あたしの心配はしてくれないの?」 「あんたは3Pでも4Pでもご自由に」 「そういうこと言うか。あたしだって千夏がいないほうが好都合なんだ」 「今何て言った純?」 「独り言」 「まあまあ」 結局、純と美沙子は、千夏を一人置いて男たちと行ってしまった。 千夏はすました顔で歩き出すと、独り言を呟いた。 「友達。仲間。国語辞典書き直す必要なくね?」 千夏はとりあえず、荷物を置いてある海の家へ向かった。 ゆっくり歩く。カップルはともかく、男たちだけのグループも、千夏を見ることなく通り過ぎていく。 「まあ、あたしがその気になれば、ビーチで彼氏争奪戦のトーナメントが開催されちゃうけどね」 大口を叩いてみたものの、相変わらず男たちが素通りしていく。 千夏は自分の体を見た。別に変ではない。 彼女は突然立ち止まると、軽く伸びをした。両手を上げて胸を反らす。 「あああ」 このセクシーポーズにも反応なし。 「みんな目医者通ったほうがいいな」 千夏は小走りに走ると、前のめりに転ぶ。 「キャッ」 四つん這いになってふくらはぎをさすった。 「いたーい」 待つこと10秒。周囲を見渡した。 「だれも見てねえじゃねえかよ」 すぐに立ち上がった。 「あのう」 後ろから若い男の声。 「ハイハイ?」 満面笑顔で振り向いたが、男子高校生の一団だった。 「写真撮ってもらえませんか?」 「嘘」 芸能人になった気分。 「構わないよ」 「じゃあお願いします」 「え?」 カメラを渡されて気づいた。単なる記念撮影だ。見知らぬ千夏と一緒に写りたい人はそういないだろう。 「君たち高一?」 「はい」 千夏は空と雲を撮ろうとしたが、高校生は6人いる。囲まれたら怖いので、ちゃんと撮影した。 「ありがとうございます」 千夏は笑顔で手を振ると、背を向けてため息を吐いた。 「ん?」 千夏はまた立ち止まる。閃いた。手をポンと叩いて頭上に裸電球を浮かべた。若いのに古い。 「そうか、あたしはかわい過ぎるんだ。だから勝手にみんな、彼氏がいるに決まってると思って諦めちゃうんだ」 無理やり納得して歩き出した。 「そんなシャイな男子ばかりじゃ困るなあ」 不良。 すぐわかった。太ったチンピラという感じの3人と目が合ってしまった。 「かわいい!」 「やべ」 千夏は早歩きになった。 「何あの子?」 「メチャクチャかわいいじゃん!」 追いかけて来た。千夏は緊張した。 「お姉さん」 「そこのオレンジの水着の」 千夏は無視して歩き続けた。チンピラは走って前に回った。 「おい!」 「はい?」 「おまえ何シカトぶっこえてんの?」 「え?」 いきなり凄まれて千夏は足がすくんだ。 「何シカトぶっこえてんの?」 「シカトなんかしてませんよ」 「聞こえただろ、オレンジの水着って?」 「聞こえませんでした」 チンピラは無遠慮に千夏の体をながめ回した。 「おまえ一人?」 「違いますよ」 「友達いるの?」 「いえ、社員旅行なんです」 「嘘つけ。会社で海になんか来るかよ」 柄の悪い男たちに囲まれて、おなかに手を当てて怯えている水着姿の女の子。 不穏な空気を察して、周囲がジロジロ見ている。今がチャンスだ。 「失礼します」 千夏は頭を下げてその場を去ると、男たちも諦めたのか、反対方向へ歩いていった。 千夏は尾行されていないことを確かめると、海の家に向かった。 「怖かったあ…」 一人でビーチを歩くのは危険だ。 「帰ろ」 前へ |次へ |
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