《MUMEI》 . −−−栞? 突然、名前を呼ばれてわたしはビクリと肩を揺らした。恐る恐る振り返ると、柊がすぐそこに立っていた。 久しぶりに見た柊は、どこか疲れた顔をしていた。 わたしはすこし、胸が痛む。 柊はわたしの顔を見ると、儚く笑い、駆けよった。 「栞の家に行ったら、おばさんがここにいるって。昨日、バイト先に来てくれたんだって?」 いつもの明るい声。それも無理して作っているのだろうか。 わたしは、ほほ笑みをつくる。 「具合、平気なの?」 問いかけに柊は、なんとかね、と頼りなく答えて、わたしのとなりに座った。 沈黙がわたしたちを包みこむ。 言葉が、出てこなかった。何を言えばいいのか、わからなかった。 窒息してしまいそうな、感じがした。 柊は目の前に広がる白詰草を見て、突然、なつかしいな…と呟いた。 「おまえ、むかし潤に、これで花冠作ってやっただろ?きれいだったな…」 その言葉に、わたしは柊の顔を見つめた。 彼の横顔は、よく見慣れているはずなのに、なぜか、別人のようにおもった。 不意に、胸に渦巻いたおもいに、わたしは口をひらいた。 「柊の家に、行きたい」 柊はわたしの顔を見て、どうして?と聞いた。わたしは彼の目を見つめて答える。 「まえに、すすみたいの」 柊はなにも言わなかった。ただ、そのきれいな双眸をまぶしげに細めて、わたしを見つめていた。 ◆◆◆◆◆◆ 柊の家は、とてもなつかしかった。 昔ながらの、古いつくりの平屋だった。 以前とちっとも変わらない、そのたたずまいに、わたしはせつなくなる。 柊はわたしを抱えて、いったん玄関に座らせてから、車椅子を運びあげた。それだけでも重労働なのに、柊は文句も言わず、淡々と作業をこなした。わたしはなにも出来ず、とても申しわけなかった。 ぞうきんで、車椅子の車輪を拭いてから、わたしを座らせる。 「はい、お待たせ」 柊はわたしの顔を覗きこみ、ふわりと笑う。わたしもほほ笑みかえして、おじゃまします、と呟いた。 前へ |次へ |
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