《MUMEI》 「短冊に何て書いた?」 「いけません。見ては叶わなくなります。」 「隠して良いよ。括るのは私だ。」 先生は狡い、短冊を見られてしまった。 「私も多分、君と同じような願いをしただろうな。 君、縁側に避難しなさい。星が降ってきそうだ。」 先生は隣に座るようにと床を叩いてぼくの位置を指定した。 「艶子さんに会えるようにとは書きませんでしたか?」 ぼくの死の舌が勝手に蠕き腹の底に棲む蟲が、呼ぶ。 先生に触れたいのはきっと夏が暑いから。 「……百合臭いわ。」 「艶子さん?」 今日の先生は艶子さんだ。 艶子さんは耳がよく聞こえない。 彼女の手を握ると其の形の良い唇の中から舌が伸びてきて唾液に浸る。 艶子さんは聴覚の代わりに味覚で判断した。 「……貴方ね。」 艶子さんだけがぼくを“ぼく”だと知っている。 「艶子さんは水上祭知ってましたか?」 よく、聞こえるように耳元に口に近付ける。 「水上……死者の帰路。あの人がいつも言ってた。繰り返す魂の群……」 艶子さんの指がぼくのひざ小僧に当たり下唇と二本が、乗る。 「魂の群?」 「人が流れるんですって、私には何も見えないけれど、貴方は?」 「……魂で水に浮かぶのって、きっと気持ち良いんでしょうね。」 艶子さんが抱き寄せてくれた。 「生まれたいの?」 先生の腹部は、温かい。 艶子さんの言葉を語る先生の声もだ。 「其れはいいですね。艶子さんの子供だったなら」 ……ぼくは先生の子供だ。 「眠りなさいな、 私の知っている子守唄でいいかしら?」 聞いたことの無い子守唄だった。 先生の柔らかい音が染み渡って、幸福な気持ちで眠りについた。 先生には薬を飲ませているので、大丈夫だ。 艶子さんには自殺癖が有る。 今まで睡眠薬を飲んで森で三回発見されている。 前へ |次へ |
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