《MUMEI》 『違和感』潤は、逃げなかった。 その場から一歩も動かず、ただ、わたしをじっと睨んでいた。 そのとき。 降りしきる雨音の中、背後から、声が、聞こえた。 −−−栞っ!! とても、愛おしい声だった。わたしは立ち止まり、振り返る。 次の瞬間。 急ブレーキとタイヤがスリップする、悲鳴のような、高音。 足が、すくむ。 車のヘッドライトから、目が離せない。 ああ。 ダメだ、ぶつかる…。 覚悟を決めたとき、わたしは、後ろから、《だれか》に抱きかかえられた。 《だれか》は、わたしを抱えて、その場から、駆けだそうとした。 けれど………。 わたしたちは−−−−−。 ◆◆◆◆◆◆ 部屋は薄暗く、中になにがあるのか、よくわからなかったが、じっと目を凝らすと、見えてきたのは、 螺鈿の細工や、金箔がほどこされた、立派な仏壇だった。 そこでようやく、わたしは、この部屋が仏間だとわかった。 わたしは、車輪をこいで仏間に入った。ギギィ…と床が不気味にきしむ。 仏壇の正面にやって来ると、わたしは、それを見あげた。 いつまでも、この周りに纏わりついている、線香の香りにわたしはめまいがした。 この仏壇が、亡くなったひとを悼むためのものだなんて、わたしには理解ができなかった。なんだか、お手軽すぎる気がして、現実味が、ない。 5年も眠っていたから、そう、おもうのだろうか−−。 部屋の中は殺風景で、仏壇以外に、とりたてて、なにも置かれていなかった。 わたしは、ため息をつく。 この『違和感』は、気のせいかも、しれない…と、おもった。 きっと、短期間でいろいろなことをおもい出したから、頭が混乱しているんだ。 だから、いわれのない、『違和感』が、わきあがってきたんだ…。 それだけ、だ。 . 前へ |次へ |
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