《MUMEI》 幸せのお約束ファファが田畑の前から姿を消してから一週間 会社からの帰宅途中の田畑は、近くに建つ煌びやかなクリスマスツリーをただぼんやりと眺めていた 12月25日クリスマス 雪がちらつき、町全体が白く染まる 「たーばたさん!」 歩く事を再開した田畑の背後から 耳を覆ってしまいたくなる様な甲高い声が聞こえ 厄介だと溜息をつきながら、だが一応振り返る 会社の後輩の女子 クリスマスという事もあってか、何所か落着きがなく見るからに浮かれていた 「何?」 はしゃぐ彼女に、だが返してやるのは気のないそれ そんな田畑に相手はつまらなさそうに頬を膨らませる 「もう、田畑さんってば暗ーい。もっと明るくいきましょうよ。今日は、クリスマスなんですよ」 「だから何?」 「一緒にツリー見に行きましょうよ。すっごく綺麗らしいですよ」 「悪いがパス。他当ってくれ」 彼女からの誘いもほどほどに断って、田畑は家路に どうしても、浮かれてはしゃぐ気になれず すぐにでも帰って床に付きたかった 暗く重い胸の内。誰にも言えず、ただ自分の中でばかり燻る 「諦めの悪い奴だな。本当」 雪が降りつづける空を見上げ、苦笑を浮かべる 頬に、雪が触れて 積もる事はなく、体温で溶けていった 「寒……」 上着越しに徐々にしみこんでくる冷気に身震いし足早に自宅へ 玄関で上着に積もった雪を払う田畑を、収納棚の上に置かれているあの鉢植えが出迎えた 花の名前に詳しくない田畑故に、それが何の花なのかは解らなかったが 白く可愛らしい花を咲かせていた 『きれいなお花がさくといいですね』 この花が咲く事を一番心待ちにしていたファファの姿はもうこの家のどこにも無く そう思ったとたん、花が僅かに萎れて見えた 「お前も、やっぱ寂しいか……」 指先でその花に触れながら一人呟く 返答は勿論ない 声が虚しくその場に響くばかりだった 部屋が空の所為で、それが寂しげな音に聞こえる 「……メシ食って、風呂入ってさっさと寝よ」 明日も仕事だ、と背広を脱ぎ捨て乱雑にソファへと投げ置くとその足で田畑は浴室へ 目的は浴槽の掃除 一人の場合、シャワーしか使わない田畑だったが 放置したままでカビだらけになってしまっては困る、と 日々の掃除は欠かさないらしい 浴槽内を洗おうと、田畑は袖をめくりその中へ 一通り磨いた後、濯ごうとシャワーをとり蛇口を捻る 勢い良く水が出た、次の瞬間 水音に混じる悲鳴の様な声が聞こえた様な気がした 「……気のせいか」 疲れが堪り過ぎた故の幻聴だろうと、作業を進めていく 「ここで、ドラマとかならあいつが帰ってきたりするんだろうけど」 思わず本音が出た 本当に未練がましすぎる、と自分に嘲笑を浮かべて見せ そんなに都合よくいくはずがない、と否定した 溜息と同時に掃除も終了 シャワーを止めようと栓に手を伸ばす それと同じタイミングだった けたたましい叫び声とともに、田畑の上へと突然降って現れた人の影 その衝撃に田畑は脚を滑らせ浴槽内へと倒れ込んで 手から離れたシャワーノズルが暴れはじめ、室内に人工的な雨を降らせる 「冷たいです〜!」 聞き覚えのある声が聞こえた この一週間、傍らに在ってほしいと常に思っていた、その人物の声だった シャワーを止める事もせずその身を抱きしめる 「……あ、あの!私Cat`sで、幸せの妖精で、それで……!」 突然に抱きしめられ、慌てた様な声 どうやら気付いていないらしく 自分が何者で、何の為にここにいるのかを一から説明しようとする ソレを田畑は遮った 「俺を、幸せにしてくれるんだろ」 耳元で呟いてやると、Cat`tの眼が見開いて 視線が、真正面から重なった 「ま、正博君……?」 「そうだな」 「どして……」 目の間に田畑が何故居るのかと、ファファは不思議気な顔で だが暫く後 その顔は涙に崩れていった 一筋涙が頬を伝い ソレをきっかけに次々と流れ落ちていく 「正博君!」 飛びこんできた小さなその身体を受け止めてやり腕の中へ 前へ |次へ |
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