《MUMEI》

わたしが黙りこんでいると、ヒラサワさんは泣きだしそうな顔をして、言った。


「彼、むかしのこと、すごく反省しています。だから、ゆるしてあげて…お願いします!」


言い終えると、ヒラサワさんは、勢いよく頭をさげた。わたしの鼻先に、彼女のつむじがあった。

なんだろう、これは…。

めまいがした。思考が、混乱する。

5年まえ、わたしは事故に遭い、長い眠りについた。その間、柊はわたしのそばで看病をしながら、5年間を過ごしていた。

さまざまなひとたちと出会って、いろんな経験をしながら、

わたしのいない、毎日に、没頭していたんだ−−−。




わからない。

真実なのか、偽りなのか。
夢なのか、現実なのか…。




わたしの鼻先に、ポツ…と雨がひとしずく、落ちてきた。

だんだんと雨足は強まっていく。

5年まえの、『あの日』とおなじように。




わたしはまだ、あの交差点にいる。

何度も何度も、事故の夢を繰り返す。

そしてきっと

彼もあの交差点で、わたしが事故に遭う瞬間を見ているのだ…。







いつの間にか、暗くなっていた。

わたしは、雨の中、必死に走っていた。

自分の足ではなく、車椅子の車輪をこいで。

潤を捜していたのではなく、『あの日』に、帰りたくて。


一刻もはやく、消え去りたかった。

もどれるものなら、もどりたい。

5年まえの、楽しかったあの頃に。


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