《MUMEI》

わたしは、涙を流していた。

嗚咽しながら、それでも車椅子を動かしつづけて、たどり着いたのは。



あの、交差点−−−。



わたしは、ぼんやりと、信号を見上げた。

青いランプが点灯している。

視界がにじんだ。それが、雨のせいなのか、それとも涙のせいなのか、わからなかった。


信号が点滅し、やがて、赤に変わる。



そのとき。



記憶の彼方から、甲高い、ブレーキ音が頭の中に、響いてきた−−−−。




−−…なんで?


−−潤には悪いとおもうけど、柊と予定が合うの、その日しかなくって…こんどの試合は、絶対行くから!


−−テキトーなこと、言うなよ!!なんで栞は、いつもそうなんだよ!?柊、柊って、馬鹿みたいにさ、兄さんのことばっかり…もう、ウンザリなんだよ!!




真実か、偽りか、夢か、現実か…。




うすれゆく意識の中、

駆けよってくる、その人影を見た……。



−−−ああ、あれは。



そのひとは、車椅子に座ったわたしのからだをきつく抱き寄せた。そして、やっぱり違う、とおもった。


そのひとの腕の中で、わたしは目を伏せ、ごめんなさい…と、呟いた。


ごめんなさい、わたしのせいで…。


睫毛の間から温かい涙が一筋、こぼれた、気がした。






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