《MUMEI》
死なせない!
「助けてって…と、とにかく救急車っ!救急車呼ばなくちゃ!!」

加奈子は男の異様なまでの出血にパニックになりそうだった。しかしそれをグッと堪える。

(こういう時は焦っちゃ駄目なんだ!冷静になんなきゃ!!)

自分を落ち着かせようと何度も頭で唱えたが、携帯を握る手はガタガタ震えていた。

「す、すぐに助け呼ぶからっ!」

裏返る加奈子の声。

「辞めろ…!!」

震える指で“119”の番号を押そうした加奈子の腕がガシッと男に掴まれた。
「ひっ!!?」

男の血がベットリと加奈子の手首に着く。

「辞めて…くれ…。」
「ややッ辞めてくれって何で!?早く手当てしないと…死んじゃうじゃない!」「だったら、あんたが……ハァッ‥あんたがしてくれ…」

男の声はもう虫の息だ。


今にも消えそうな命。



「頼む…誰も……呼ぶな」
腹の痛みに耐えながら必死に哀願する男の目が鋭く光る。

「頼む…ゲホッゲホッ!」


咳込む口からまた血が出る。
(このままじゃ出血多量で…)


目の前で消えそうな命をどうして無視できようか…

今こうして喋る事が出来ているのなら、案外軽傷かもしれない…

「わかった!」

迷った末、加奈子は決心したように男の手を握ると、スクッと立ち上がり男を担いだ。

「応急処置くらいしか出来ないわよ!!」

小柄な加奈子には大きすぎる体を持ち上げながら、部屋の扉を開けた。

「ありがと…」

男は抱え上げられながら囁く様な声で礼を言う。

「ゆっとくけど、命の保証は無いからねっ!」

嫌味を込めた言い方で男に言い放つ。


「フ…。ありがとう…」

男は少し笑ってもう一度礼を言うと、ゆっくり目を閉じた。

(取り敢えず、お腹の出血を止めないと!)


加奈子は救急箱から包帯を取り出すと、覚えたての知識でそれを男の腹に巻き始めた。


「絶対死なせたりしないからっ!!」



いつの間にか死に対する恐怖、血に対する恐怖というより、今この消えそうな命を助けたいという願いが加奈子の気持ちを支配していた。

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