《MUMEI》 夢の終わり. わたしは、お医者さんとむかいあっていた。 お医者さんは、順調ですね、と朗らかに笑った。わたしは、うつむく。 すると、お医者さんは心配そうに、どうかしましたか?と尋ねてきた。 わたしは、ゆっくり顔をあげ、お医者さんの目を正面から見つめた。 「記憶っていうのは、確かなものでしょうか?」 お医者さんは首を傾げた。わたしは、つづける。 「確かなものでないなら、わたしは、記憶がないままでも、よかった…」 5年まえのあの日、 あの交差点で、立ち止まっていたままの方が、 もしかしたら、わたしは幸せだったのかもしれないのに……。 わたしの呟きに、お医者さんは、首を横に振った。 「今までの軌跡があってこそ、あなたが、今、ここにいるということを、忘れないでください」 真剣な眼差しで見つめるお医者さんの顔を見かえしてわたしは、ひとつ、瞬いた。 そして−−−。 気がつけば月が変わり、柊の誕生日がせまっていた。 わたしは、家の近くの公園にやって来ていた。車椅子をこぐことにも慣れ、ここへ来るのはそう大変なことではなくなっていた。 草むらには、もう白詰草はなかった。確実に、季節が流れている証拠だった。 ゆっくりと、空を見あげる。 まえよりも、澄んで、高くなっていた。 . 前へ |次へ |
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