《MUMEI》

しばらくぼんやりながめていると、後ろから、声がした。


「お待たせ」


伸びやかな、声。
ほんとうに、よく似てきた。


わたしは肩越しに振り返る。

そこには、爽やかにほほ笑む、柊の姿があった。わたしが彼を呼びだした。彼はこちらへむかって歩きながら、すこし、大きな声で言う。

「ずいぶん、久しぶりだよね」

その言葉に、わたしは頷く。

「そうだね、あの雨の日以来になるよね」

彼は目を見はって、感心したように驚いた。

「やっぱり、わかってたんだ」

あの雨の日、すべての真相に気づいて混乱したわたしは、5年まえ、事故に遭ったあの交差点で、意識をなくした。
すぐに帰るといって出ていったまま戻らない娘を心配したお母さんは、彼に連絡し、手分けしてさがしまわって、そこでわたしを保護したという。


彼は、すごいね、とふんわりと笑う。

その笑顔を見て、わたしの胸はギリリ…と痛んだ。どうしても、重なるんだ。

わたしは、そういえばさ…とやっとのことで、答えた。

「この前、またバイト先に行ったんだけど、女の子がね、わたしのところまで来てさあなたの代わりに、ゴメンナサイ、だって」

色男、とわたしがからかうと、彼は、え?と眉をひそめた。

「なにそれ?いつ?」

「わたしがぶっ倒れるまえ」

「ぜんぜん知らない。だれ、その女の子って?」

わたしは口をつぐんだ。きっと、ここで名前を口にしたら、ヒラサワさんは彼に責められるのだろう。余計な真似はするな、と。

それでは、彼女がかわいそうだ。

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