《MUMEI》

わたしは質問を無視して、ニッコリとほほ笑み、もうすぐ誕生日だね、と呟くと、彼は、うん、と頷いた。
わたしはやわらかく目を細め、彼の姿を見つめた。

「わたしたいものが、あるの」

そう言って、バッグの中からクリアファイルを取り出し、彼に差し出した。
彼はクリアファイルをながめて、笑う。

「なに?これ、誕生日プレゼント?」

それは、白詰草の押し花だった。お姉ちゃんがつくってくれたものだ。

わたしは頷く。彼はやさしくほほ笑んだ。

「こういうの、すきだったよね…?」

彼はかすかに頷く。

「ありがとう、大事にするね」

囁きながら、ファイルを受け取ろうとする彼に、わたしは意を決して、つづけざまに言った。



「『柊』に、渡してほしいの」



瞬間。

彼の手が止まった。

ゆっくり顔をあげ、わたしの目を見つめる。そして、ニッコリ笑った。


「…なに、言ってるの?」


彼の笑顔を見ながらわたしは、唇が震え出すのを感じた。

「わたし、見たんだ。あなたの家の、仏壇にあった…黒い、セルフレームの眼鏡。
すごく歪んでて傷だらけで、レンズもなかったけど、あれは間違いなく、柊の眼鏡だよね?」

傷だらけのセルフレームには、柊がこだわっていた、あのブランドのロゴが入っていた。

彼は黙っていた。わたしはつづける。

「まえに、わたし、『どうして眼鏡をかけないの?』と聞いたら、あなた、コンタクトにしたって答えたよね?あれは、嘘でしょう?」

柊は視力は悪くなかった。眼鏡は単なるファッションでかけていたから、コンタクトは必要なく、普段は裸眼だった。

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