《MUMEI》
白詰草
わたしは瞬いた。

「5年まえ、わたしが最後に見た柊は、20歳だった…ちょうど、今のあなたとおなじなんだよね。ぜんぜん、気づかなかったな…」

彼はうつむいた。わたしは、涙をながしていた。もう、いいんだよ…と涙声で囁き、目の前の青年に呼びかけた。



「もうやめよう、潤…」



彼は、ゆっくり顔をあげた。せつなく瞳を揺らして、わたしを見つめていた。


わたしが病院で長い眠りから目覚めたとき、目の前にあらわれた花束を抱えていた青年は、潤だった。

しかし5年間の眠りのせいで、わたしの思考は混濁し、彼が兄なのか、弟なのか、わからなかった。

そして。

わたしが彼を、《シュウ》と呼んだことが、すべてのはじまり。

潤は、兄である柊に、なりすました。
ほかでもなく、わたしのために。



潤はふっと、唇に笑みをこぼす。完璧だったはずなのにな、と呟く。

「いつから、気づいてたの?」

「つい、このまえ。確信したのはあなたの家に行ったとき。それまでも、何度か、へんだな…とおもうことはあった」

彼は病院の中庭で白詰草をつみとり、わたしに差しだした。なんの躊躇いもなく。
もし、柊であったなら、絶対にそんなことはしない。

彼のバイト先を訪ねたとき、店員は《シュウ》という名前を知らなかった。なぜなら、あのお店で働いていたのは《ジュン》だったから。

それに、この公園でふたりで話したとき、白詰草の花冠を潤にあげた話を、彼はわたしになつかしむように話した。でもわたしがむかし、白詰草で花冠をつくったことを知っているのは、潤しか知らないはずだ。




「それと、花言葉」


潤は、瞬いた。わたしはクリアファイルに入った白詰草をかかげて見せた。


「お母さんがくれたお花の図鑑に、花言葉ものっていたの。それでたまたま、白詰草の花言葉をしったんだ…」



白詰草の花言葉は《約束》、そして、



《わたしを思い出して》−−−。



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