《MUMEI》
わからない
浴室から出てきた加奈子は、先程手当てした男が眠っている部屋に戻った。

「あ…!」

まだ眠っているとばかり思っていたのに…


「コレ、ありがと…。結構上手いんだね、巻き方。」
男は包帯を巻いた腹を摩りながら、加奈子を見上げた。
「駄目じゃない起きちゃ!まだ傷治ったわけじゃないんだからっ!」
「いや…」

男は加奈子の言い付けを無視してユラリと立ち上がった。
「大丈夫。もう痛くないから。」
「そんな訳ないでしょ!?あんなに血、出てたじゃない!!」
「ほんと、もう痛くないんだよ…」

ただ強がっているだけなのだろうか、男の声に陰が掛かっている。

「無理しないでよ!ここでまた倒れたら、困るの私なんだから!」

男は心配する加奈子をじっと見つめた。

「な、何よ…?」
「見てみな。」

男はそう言うと、スルスルと包帯を外し始めた。

「ちょっと何してんの!?まだ傷がっ……う、そ‥」
包帯が全て取り払われた腹を見て、加奈子は絶句した。
「だから言ったろ。」

当然だとでも言う様に、男はサラリと言う。
それとは裏腹に、加奈子はずっと目を皿にして、マジマジと男の腹を見る。

「な‥んで…?そんな…もう治りかけてる‥?」

信じられない。
いくら回復が早い体質だとしても、ここまで早い人間なんているのだろうか?

「今、どう思った?」
「え?どうって‥」

唖然としている加奈子に男は問い掛ける。
その目はひどく闇を帯びている。いや、哀しみが溢れだしている様にも見えた。
「どう思った?」
「わからない…」
「わからない?」

そう、わからなかった。

こんな驚異的スピードで回復するなんて有り得ないのだろうが、しかし今それが目の前で起きているのだ。


人間は見た事の無い現象を目の当たりにした時、こうも頭が真っ白になるものなのかと実感させられた。

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