《MUMEI》

わたしは、胸がつぶれそうに苦しくなった。

「病院で、これをわたしにくれたのは、潤のメッセージだったんだね」

潤はうつむいた。わたしはもう、堪えられなかった。

「ごめんね、わたしが記憶をなくしていたから、だから、潤は、柊のふりをしていたんだよね…つらかったでしょう」

わたしの言葉に、潤は力なく首を振った。そして低い声で呟く。

「つらかったよ。でも、俺の苦しみなんて、たいしたものじゃないんだ。俺のわがままのせいで、栞と兄さんは犠牲になった。5年まえの、あの事故の日のことを考えると、頭がおかしくなりそうだ。
栞に約束をドタキャンされて、頭にきた。栞は口をひらけば、いつも兄さんのことばかり。悔しかったんだ。ゆるせなくて、俺、家から出ていった」

彼の言葉にあわせるように、わたしも記憶の糸をたどる。

5年まえ、わたしと潤は、ケンカをした。
原因は、わたしが彼の約束をキャンセルして、柊とのデートを優先しようとしたから。
潤は激怒して、さんざん喚きちらしたあと、家を飛び出した。

わたしと柊は、あわてて追いかけた。


「ほんとうに、ガキだったっておもうよ。でも、我慢できなかった。仲良くふたりで並んでいる姿をみるたび、胸が痛くなった。
あてずっぽうに走って、あの交差点にやって来た。栞と兄さんも道路のむこう側にいた。それを見て、なぜかすごく腹が立った」


雨が降りしきる中、あの交差点のむこう側に、わたしは潤の姿を見つけた。


「栞が俺に気づいて、こっちに走ってきた」


潤は、わたしを睨みつけていた。胸が張り裂けそうに痛んだ。


「俺は栞を睨みつけていた。ゆるすつもりなんかなかった」


わたしは潤に駆けより、彼にむかって手を、のばした。


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