《MUMEI》

「そして、曲がってきた車がスリップして、こっちに滑ってきたんだ」


突然、けたたましいブレーキの音が聞こえ、わたしはおもわず足をとめた。


「俺は足がすくんだ。動けなかった。栞が、危険なのは、わかっていたのに」


闇の中を、ヘッドライトのするどい光が切り裂き、どんどんわたしの方へせまってきた。


「栞も呆然としたまま、そこに立ち尽くしていた。俺が、その腕を引き寄せればよかったのに、できなかった」


−−もう、ダメだ。

そうおもったとき、


「兄さんが、栞に駆け寄って、

身をていして、栞を車から庇ったんだ……」


だれかの腕にからめとられて、わたしは、そのまま、身を委ねた……。


「一瞬のできごとで、よく、覚えていないんだけど。

でも、


濡れたアスファルトの上で、動かなくなったふたりを見て、


俺のぜんぶが、くずれたんだ」




柊は全身をつよく打ち、即死だった。わたしは頭をアスファルトにぶつけて、そのまま昏睡状態になり、深い眠りについた。

あの事故でしんだのは、潤ではなく、柊の方だった。


まえに、お姉ちゃんが言った台詞。

−−あの子には、あの子の人生があるの…。

あれは、わたしと彼が5年という月日を別々に過ごした云々という意味ではなく、彼が、柊ではなく潤なのだ、と暗に示した言葉だったのだ。


「栞は一命を取り留めたのに、いつまでたっても目を覚まさなかった。きっと兄さんが呼んでるんだ、とおもった。だから俺は、毎日病院に通って、栞の枕元で名前を呼びつづけた。栞、いかないで、お願い。俺を、ひとりにしないでって」



.

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫