《MUMEI》
スリリングな夜
勇一は水割りをつくり、千夏にグラスを渡した。
「ありがとうございます」
二人はソファにはすわらず、絨毯に直接腰を下ろした。
千夏も勇一もバスローブ姿。ガラステーブルの下に、しなやかな脚を投げ出す千夏。勇一はすかさず言った。
「千夏チャンいい脚してるね」
いきなり来たか不倫帝王。
「よく言われる」
二人はグラスを軽く合わせた。
「乾杯」
千夏は警戒して少し離れた位置取り。勇一は危ない笑顔で千夏を見つめながら水割りを飲む。
「千夏チャン、本当にかわいいね。モテるでしょ?」
「モテませんよ」
「じゃあ、理想が富士山よりも高いんだ?」
「そんなことないですよ」
さすがの千夏も緊張した。もう一つ部屋をとる話が出てこない。まさかここで一夜を過ごすのか。それはあまりにも危険だ。
「千夏チャン」
「はい」
「絶対変なことはしないから、リラックスして」
「もちろん信じてますよ」
勇一は水割りを飲みほすと、グラスに氷を入れた。
「せっかくこんな、とびっきりの美少女と一緒にいるんだからさあ」
「よく言いますよ」
「今だけでも恋人気分を味わいたいよね」
「それはダメですよ。心の浮気ですよ」
「心の浮気?」勇一が興味津々の目。
「女の立場からすると、自分以外のほかの女と恋人気分にひたったら、それは浮気ですよ」
「厳しいね」
「厳しくないですよ!」千夏は笑顔で怒った。
「千夏チャンみたいなガード固い子好きだよ」
ぬかに釘だ。
「勇一さんは奥さんとどんな出会いだったんですか?」
「いいよそんな話」
あっさり却下。
「こんな素敵なレディと二人きりなんだから、ほかの女の話なんかしないよ」
「奥さんがいる人はいいんですよ、しても」
「でも千夏チャンはさあ、いい体してるよね」
「ですから」
「顔はかわいい、性格はいい、スタイル抜群。完璧じゃん」
「イタリアの方ですか?」
「交わし方も巧みな口説かれ上手」
千夏は笑いながら首をかしげた。
「口説いたら完璧浮気ですよ」
「厳しいね」
「だから厳しくないって」
「怒った顔もたまらなくチャーミング」
「はあ…」
千夏が呆れると、勇一はグラスを奪った。
「飲みが足んないよ」
勝手にウイスキーを足す。
「そんな濃いの飲みませんよ」
「わかったよ」
勇一は自分のグラスに入れると、千夏のを薄くつくり直した。
お互い裸に近い格好なのに、酔いが回ったら危険だ。
「勇一さんはどんなお仕事を?」
「もっと面白い話しようよ」
「たとえばどんな?」
「千夏チャンの弱点はどこ?」
「弱点て?」
「ここを攻められたら弱いってところ」
千夏はまじめに考えた。
「そうですねえ。優しくされると弱いかな」
「ソフトタッチ?」
「はい?」千夏の笑顔が引きつる。
「触れるか触れないかのソフトタッチで、優しく優しく攻められると弱いんだ?」
「お子様は寝ます」
千夏はベッドに上がった。勇一もグラスを置いて立ち上がる。
「何ですか?」千夏は本気で慌てた。
「千夏チャン疲れただろう。マッサージしてあげる」
「や、いいです、いいです」
しかし勇一が迫って来る。
「ちょっと待ってください勇一さん。マジ、ビビっちゃうから」
「バカだな。まじめな指圧だよ」
「怖いですよ、お願いやめて」
「うつ伏せになりな」
「ヤです」
千夏が怖い顔で睨むと、勇一はテーブルに戻った。
「信用ないんだな」
寂しく沈んだ顔。これも技の一つだろう。同情厳禁だ。
「勇一さん、あたしバスローブの下、真っパですよ」
「マッパ!」目が輝く。
「間違い起こして泣くのは女のほうだから、これくらいの警戒心は理解してくれないと」
「警戒してるってことは、信じてないってこと?」
しつこい!
「信じてますよ。信じてるから、部屋にも入ったし、シャワーも浴びたんじゃないですか」
夜はまだ長い。果たして千夏は無事に朝を迎えられるのか。

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