《MUMEI》

「わからないけど、なんて言うか…そのぉ…すごいね!」

言ってから後悔した。
なんてボキャブラリーのない解答なのだろうか。我ながら情けない。

「“すごい”か。ハハッ!あんたボキャブラリーないね。」
「うぅ…うるさい!!」

自分でもわかっている事を、他人に一々言われると腹が立つ。

「でも、嬉しいよ。」

そう言う男の顔が、いきなり切な気な表情に変わった。
「嬉しい?」
「うん。嬉しい…」

「嘘。」
「嘘なんかじゃないさ。」





「だったら…何で泣いてるの?」



男は音もなく、静かに涙を流していた。

何か傷付ける事を言ってしまったのだろうか?
加奈子は不安げに男の様子を伺った。


「別に。何でもないよ。」
男は涙を拭う事もせず、スッと加奈子の横を通り過ぎた。
服に染み付いた血の臭いが、また加奈子の鼻をかすめる。
「ちょっと!何処行く気?」
玄関に向かおうとする男を慌てて呼び止める。
傷は直りかけているが、病み上がりには違いない。
そんな人間を一人にしたくなかったのだ。



「さぁ、何処だろ?」

そんな加奈子の心配を無視するかの様な言葉。
男は振り返る事なく答えた。

まだ泣いているのだろうか?
声からは表情が感じ取れない。それくらい無表情な男の声。

でも…




少なくても背中は泣いているように見えた。


「さぁ‥て。何それ。」
「俺が何処行こうが、あんに関係ないって事さ。」
「はぁ?あなたねぇ!それが命の恩人に言う言葉?」
さすがにこれには加奈子もキレた。もう心配云々の話ではない。

「だいたいねぇ!…!?」
―フワ…―

加奈子が男に歩み寄ろうとした時、一瞬空気が揺れた。
「う…そ……。」

いつの間に移動したのだろうか。
男が加奈子の隣に立っていた。

「何で…」
訳がわからず硬直する加奈子。
頭の整理が出来ぬまま、いきなり首に激痛が走った。
「うっ!!!」





「ありがとう。」


薄れゆく意識の中で男の声が聞こえた。

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