《MUMEI》
危険な会話
勇一はいじけた表情で水割りを飲む。
「千夏チャンともう少し会話がしたかったな」
「会話だけならもちろんいいですよ」
「会話だけだよ。指一本触れてないじゃん」
「なら約束してください」
「何を」
「最後まで指一本触れないと」
勇一は少し考えた。
「千夏チャン。朝まで無事だったらご褒美くれるっていうのはどう?」
「ご褒美?」
「そう」
「エッチなこと?」
「まさか」
千夏は作戦を変えた。
「そうですよね。チンピラから助けていただいて、それだけでも大恩人なのに、ここまで良くしていただいて、明日も勇一さんに頼らなきゃ東京帰れない身。ただで済むというほうが虫が良過ぎますよね」
千夏の冷ややかな目に、勇一は真顔で反論した。
「千夏チャン。僕がそんな野蛮人に見える?」
「いえ」
「見返り期待したら、それは助けたうちに入らないでしょう」
作戦成功か。
「勇一さんは本当に紳士なんですね」
「当たり前じゃん」
「若い男はいきなり興奮して腕ずくで襲いかかる危険性があるから、年上の紳士を探していたんですよ。勇一さんを選んで本当に良かった」
勇一は心底感激した。
「千夏チャン。もう少し飲まないか?」
「はい」
千夏はテーブルに戻った。
「千夏チャンはエッチな会話は嫌い?」
「あまりどきついのはちょっと」
「大丈夫だよ。ソフトタッチで攻めるから」
千夏は笑うしかなかった。会話だけなら子どもはできない。とにかく女の自分さえしっかりしていれば安全だと思った。
「勇一さんは、寝ている間に襲うような卑怯な男性じゃないですよね?」
過激な牽制に勇一は燃えた。
「当たり前じゃん。寝ている間なんか面白くないよ。男は反応を楽しむんだから」
「反応?」
「自分の愛撫で女の子が感じると興奮するね」
「勇一さんはテクニシャン?」
「さあ」勇一は短く笑った。
「奥さん幸せですね」
「プー!」
本気で噴いた。
「千夏チャン、悪酔いすること言っちゃダメだよ」
「奥さんの悪口を言う男性は最低ですよ」
「悪口じゃないよ」
「結婚してる男の人は、奥さんを誉めたほうがポイント高いですね」
「ウチの奥さん素敵だよ」
「それをナンパの道具に使うのはもっと最悪」
「じゃあどうすればいいの?」
「キャハハハハハ!」
千夏は思わず大笑いした。勇一も意味がわからないまま笑顔になる。
「結婚したら、もう奥さん一筋に生きることですね」
「厳しいね」
「だから厳しくないって」
勇一は水割りをゴクゴク飲むと、話題を変えた。
「くだらない質問してもいい?」
「怖いですねえ」
「女の子ってさあ。好きでもない男に愛撫されても感じないってホント?」
「お休みなさい」
千夏はベッドに上がる格好をした。
「ダメだよ逃げちゃ。二十歳は立派な大人だよ。これくらいの会話はできなきゃ」
「じゃあ、感じません」
「僕は千夏チャンをメロメロにする自信あるよ」
千夏はさすがにドキドキした。
「メロメロになんかならないですよ」
「じゃあ、試してみる?」
「その手には乗らないですよ」千夏が白い歯を見せる。
「そうだな。本当にメロメロにされたら悔しいもんね」
「だからならないです」
「好きじゃなきゃ感じない?」
「はい」
呆れる千夏に乗りまくる勇一。
「逆にいえば、僕に攻められて感じちゃったら、千夏チャンは体で、勇一さんのことが好きです、て認めることになるんだよ」
千夏は両膝を抱く。
「ヤらしい!」
「ヤらしくないよ。人生論だよ」
「どこがですか?」
千夏はベッドに上がった。
「もう寝ます」
そのとき、脚が吊った。
「ぎゃあ、助けて!」
「どうした?」勇一も慌ててベッドに行く。
「脚が、脚が、死んじゃう!」
勇一は両手で一生懸命ふくらはぎをさすった。段々とおさまってきた。
「勇一さん、ありがとうございます」
また助けられてしまった。
「大丈夫?」
「はい」

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