《MUMEI》
予知夢?
千夏はベッドの上にすわり、勇一を見つめた。
「びっくりしたあ。死ぬかと思った」
「大げさだな」勇一が笑う。
「大げさじゃないよ」
「脚吊ったの初めて?」
「初めてです」
勇一はすかさず悪知恵が働いた。
「じゃあ、また吊らないように、脚をマッサージしたほうがいいよ」
「マッサージ?」
半信半疑だが、また吊るほうが怖い。
「揉んであげるから寝な」
千夏は緊張の面持ちで仰向けに寝た。勇一は吊ったほうの脚をマッサージする。
「指一本触れないっていう約束、破っちゃったね」
「ヤらしい気持ちじゃなかったらいいんですよ」
しかしバスローブの下は何も身につけていないのだ。千夏は両手でバスローブを掴んでいた。
「千夏チャン。僕がバスローブをいきなり剥ぐと思う?」
「いえ」
「じゃあ、信頼の証にバンザイして」
「えええ!」
千夏は赤い顔をしてためらったが、両手を枕もとに上げた。この無防備な態勢は緊張感が増す。
勇一は入念に両脚をマッサージする。
「上手ですね」
「ついでに指圧もしてあげようか?」
「遠慮しておきます」
勇一はマッサージをやめた。
「はい、おしまい」
「ありがとうございます」
千夏は掛布団を体に掛けた。
「このまま寝てもいいですか?」
「いいよ」
「お休みなさい」
「おやすみ」
勇一はテーブルに戻る。
「勇一さんはまだ寝ないんですか?」
「もう少し飲んでるよ。あっ、明るくて寝れない?」
「いえ」
「アイマスク貸そうか?」
「結構です」即答。
「夜這いプレイなんかしないよ」
「当たり前です」
千夏は目を閉じた。
「勇一さん」
「何?」
「心から感謝してますからね」
「…大丈夫だよ。安心して眠りな」
千夏は勇一の言葉を信じて、深い眠りについた。
気持ちいい。
高級なベッドは寝心地も一級品なのか。
しばらくすると、目が覚めた。でも真っ暗だ。なぜかアイマスクをしている。勇一が気を利かせたのか?
千夏は起き上がろうとしてわかった。手足を拘束されている。
あれほど言ったのに裏切ったのか。どうやら大の字の格好でベッドに固定されているようだ。
千夏は怒った。
「勇一さん。今すぐにほどいたら許してあげるよ」
返事がない。でも人の気配はする。
「勇一さん!」
「だれだよ勇一さんて?」
「え?」
千夏は一気に背筋が凍った。
「だれですか?」
「だれだと思う?」
何となく聞いたことがある声だ。
「アイマスク取っちゃえ」
アイマスクが取られた。海で会ったチンピラ3人組ではないか。
「キャア!」
「かわいい。ビビってやんの」
千夏は自分の体を見た。なぜかオレンジの水着を着ている。勇一の姿は見えない。
「待ってください」
「俺ら待つの嫌いなんだ」
水着の紐を掴む。
「やめろ!」
「やめてほしいときはやめて、だろ?」
「ざけんな。テメーらに裸見せるくらいならなあ。虎に食われたほうがマシなんだよ!」
「言ったな」
「わあ、虎に食われたほうがマシなんて嘘です!」
急に弱気になる千夏。目線が合っていない。自分たちの後ろを見ている。
「え?」
男たちは背後を見た。巨大な虎がいた。
「ぎゃあああああ!」
腰を抜かした3人は這って逃げる。虎が躍り上がって男たちを追う。
千夏は必死にもがいた。生きた心地がしない。
虎は廊下までは追わず、振り向いて千夏を睨む。
「やだ…」
虎はひと声吼えると、ベッドに飛び乗って来た。
「わあ、たんま、まんま!」
虎が牙を向けて噛みつく体勢。
「いやあああああ!」
千夏は上体を起こした。
「え?」
バスローブを着ている。汗びっしょりだ。
「……」
隣のベッドには勇一が寝ている。
「虎…」
怒虎乱の顔が浮かんだ。短い金髪。鋭い眼光。喧嘩腰の口もと。
千夏はベッドから出て戸締まりを確認すると、シャワーを浴びた。
バスルームを出ると、裸のままベッドの中に潜り込んだ。

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