《MUMEI》 怒れる虎の乱千夏は半分眠った状態で、声を聞いていた。 「千夏チャン。千夏チャン」 「ん?」 静かに目を開けた。バスローブ姿の勇一がいる。 「おはよう」 「おはようございます」 千夏は目を軽くこすり、起き上がろうとしてハッとした。 「どうした?」 「いや、ちょっと」 千夏の細い肩が覗く。勇一の目は怪しく輝いた。 「あれ、もしかしてスッポンポン?」 「違いますよ」 ギュッと掛布団を両手で握る千夏を見て、勇一は笑った。 「千夏チャン。僕が布団を剥ぐ野蛮人に見える?」 「見えません」 「じゃあ、信頼の証にバンザイして」 「嘘」 千夏は怖々両手を枕もとに上げて無防備な態勢。この緊張感がたまらない。 「不意打ち!」 「ぎゃあ!」 勇一が布団を剥ぐマネをしたので、千夏は布団にしがみついた。 「バカだな、冗談だよ」 「ホントにもう」 千夏は呆れた笑顔。勇一はさらに迫った。 「そういえばさあ。朝まで無事だったらご褒美くれるって約束したよね」 「その約束はまだ生きてたんですか?」 「当たり前じゃん」 千夏は構える。 「千夏チャン」 「はい」 「もう一度水着姿を見せて」 「十分見たじゃないですか」 「海で水着は普通じゃん。部屋の中で水着だと、これがまたエキサイティングなんだよね」 「危ない」千夏が笑顔で睨む。 「大丈夫、見るだけだから」 「いきなり押し倒したりしたら、あたしも蹴ったりしますよ」 「ダメだよ」 「ダメだよじゃないですよ。見るだけって約束すればいいんですよ」 「生意気」 勇一はバスルームに向かう。 「洗顔してる間に着て」 「ホントに…」 千夏は仕方なくオレンジのビキニを身につけた。 ピンポーン。 「勇一さん、だれか来ましたよ」 「さっきルームサービス頼んだんだ。出て」 「え?」 ピンポーン。 「勇一さん、こんなカッコじゃ出れないよ」 「出血大サービス」 「嘘」 ピンポーン。 下着ではないから大丈夫か。海の近くのホテルだ。水着姿にルームサービスが驚くこともないだろう。 人生には一度や二度、魔が差すということがある。 千夏はドア越しに聞いた。 「ルームサービスですか?」 「……はい」 女性の声。残念。出血大サービスにはならない。 千夏はドアを開けた。ルームサービスの女性は、水着姿の千夏を見ると、怖い顔で睨みつけた。 ワインカラーのサングラスの奥の目は、殺意に近い光を帯びている。 千夏はおなかに手を当てた。 「ごめんなさい、こんなカッコで」 それでも睨みつけるルームサービスに、千夏はやや不満の顔で聞いた。 「あれ、お料理は?」 しかし無言の金髪女性。体格がいい。腕力がありそうなので、千夏は逆らう気はなかった。 「あの、お料理は?」 「どうしたあ?」 勇一が来た。 「わあああああ!」 「え?」 千夏は勇一の驚く様子を見て、もう一度ルームサービスの顔を見た。女性がサングラスを外す。 千夏は蒼白。 「ド、ド、ド…」 怒虎乱は部屋に入ると、ドアを閉めた。 「何だよこの女?」 「違うんです」 「おめーは黙ってろ」 「すいません」千夏は黙った。 「何だよこの女?」 勇一は両手を合わせた。 「ゴメン。マッサージ嬢を呼んだ」 「嘘はやめましょう。嘘ついたら辻褄が合わなくなるから。何もやましいことはないんだから、嘘つかないで本当のことを言いましょう!」 必死に喋りまくる千夏に、怒虎乱は凄んだ。 「浮気の現場押さえられたんだから諦めろよ!」 「浮気なんかしてません」 「決定的瞬間だろうよ!」 「どこが決定的瞬間なんですか。教えてください」 「何だとテメー?」 「何もやましいことがないから、ここまで言えるんです」 「そういうセリフはなあ。裸で言っても説得力ねんだよ」 裸ではないが、水着姿では反論はできない。 「服着てきます」 「いいよ、そのカッコのまま廊下突き出すから」 千夏は足がすくんだ。 前へ |次へ |
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