《MUMEI》
命の危機
千夏は助けを求めるように勇一を見た。俯いている。あまり頼りにはならないかもしれない。
「乱さん」
「馴れ馴れしいんだよ」
「じゃあ、何てお呼びすればいいですか?」
「呼ばなくていいよ。さっさと出てけよ」
乱が千夏の腕を掴んで引っ張る。凄い力だ。
「ちょっと待ってください、ちょっと待って!」
粘っても引きずられていく。このままでは水着姿のまま廊下に出されてしまう。
「ヤです、ヤです!」
「おい、やめろよ」
「庇ってんじゃねえよ」
バキッ!
「あっ…」
左ジャブが見えた。勇一は両手で顔を押さえる。
「暴力反対」
「暴力だあ?」
怒虎乱が勇一に襲いかかる。千夏は目を丸くして見ていた。
「暴力っていうのはなあ。こういうこと言うんだよ!」
腹に左ミドルキックから脚に右ローキック。さらに顎めがけて左ハイキック!
「がっ!」
倒れた。これは見て見ぬふりはできない。
「やめてください!」
「何こらあ!」
乱は振り向くと千夏に襲いかかる。
「テメーがいけねんだろ!」
「話を聞いてください。話を聞いてくれたら殺しても構いません!」
「何だとこのヤロー!」
「野郎じゃありません」
「何テメー!」
髪を掴まれた。
「ちょっと、何もしてないのに殴られたら合わない!」
千夏も凄い剣幕だ。自分の身は自分で守るしかない。
「ホントに浮気したんなら殺しても構いません。でも誤解なんだから。怪我させられたらたまらない!」
二人は睨み合った。懐かしい顔。懐かしい目。乱は睨みながら静かに言った。
「だったら話してみろよ」
「話します。話を聞けば、何だそんなことかって話なんだから」
勇一も心配して声をかける。
「乱、その子は関係ないんだからさあ…」
「テメーは窓際にいろ」
「はい」
あっさり引いた。千夏は深呼吸。頼れるのは自分だけだ。
「別々に聞けば必ずボロが出るからな」
「ボロなんか出ません。勇…旦那さんはあたしをチンピラから助けてくれたんです」
乱は笑った。
「もう少しマシな嘘つけよ。あいつがそんなことするわけねえよ」
「嘘なんか言ってません」
乱は、千夏と勇一から別々に話を聞いたが、全く一致しているので、すこし勢いが緩くなった。
「まあ、口裏合わせれば簡単だからな」
「口裏なんか…」
「ハモってんじゃねえよ!」
「すいませ…」
「ハモってんじゃねえよ、喧嘩売ってんのかこらあ!」
またハモったらあの世行きだと思い、二人は黙った。
乱は千夏と勇一を交互に睨むと、勇一に言った。
「事情はわかった。これは夫婦の問題だからな。この小娘に金渡すか送り届けるかしたら、家帰ってろ。そこで話し合いだ」
そう言うと、乱は部屋を出て行った。
「ふう。助かった」
「助かってないですよ。どうするんですか?」
「君の言う通りだね千夏チャン」勇一が笑う。
「何がですか?」
「1から10まで本当のことを言うって強いね」
「そうなんですよ。嘘ついたら必ず辻褄が合わなくなるんです」
「今後の参考にするよ」
「参考にしないでください。日頃の勇一さんがそんなんだから、いざというときに信用されないんじゃないんですかあ」
勇一は危ない笑顔で千夏の水着姿を見た。
「何生意気言ってんの。許さないよ」
「はっ?」
「千夏!」
いきなりベッドに押し倒した。
「何考えて生きてるんですか、この緊急事態に」
「僕は家に帰ればあいつに殺される。その前に君を抱きたい」
そう言うと水着の紐を引っ張る。
「バカですか勇一さんって?」
「生意気娘にはお仕置きが必要だね」
触りまくる。
「キャア、やめて!」
ピンポーン。
「わあああああ!」
二人は急いで離れた。
「ルームサービスです」
「今度は本物?」
勇一はドアを開けた。
「ルームサービスです」
「適当に並べといて」
「かしこまりました」
千夏と勇一は食事には見向きもせずに、窓際で話をした。

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