《MUMEI》
九死に一生
千夏は金切り声を上げた。
「待って、待って!」
「うるせえよ!」
乱は千夏をベッドにぶん投げた。
「キャア!」
体がバウンドしてしまった千夏は、乱を睨みつけて怒る。
「やめなさいよ、怪我したらどうすんのよ!」
「何だテメー?」
髪を掴まれる。千夏は慌てた。
「待ってください、違うんです!」
「何も違わねえよ」
「浮気してないのに怪我させられたら許しませんよ」
「これが浮気じゃなくて何が浮気なんだよ?」
また乱に乗っかられた。ただでさえ恐怖なのに、水着姿で手足を縛られているのだ。
「まずほどいてください。これじゃ何も言い返せません」
「言い返せっかよ。じゃあ聞くけど、あれから相当立ってんのに何でまだ水着姿なんだよ?」
「あっ」
これは確かに反論の余地がない。千夏が黙ると乱は責めた。
「挑発だろ?」
「違います」
「じゃあ何だよ?」
事実を言えば、勇一が服を着るのを許さなかったのだ。しかし千夏は律義にも勇一を庇った。自分を虎穴に置き去りにした薄情な勇一だが、売ることはできない。
「あたしが軽率でした。すいませんでした」
寝ながらの体勢で頭を下げる千夏。乱は拍子抜けした。
「いいよ。それより本当のこと言え。何回した?」
「はい?」
「何回やったんだよ?」
「何をですか?」
「すっとぼけてんじゃねえよこのヤロー!」
千夏は震えながらも反論した。
「わからないから聞いてるんです!」
「テメーいい度胸してんじゃねえか?」
「ヤクザですか?」
「何!」
再び睨み合う。乱は虎のような目で射抜くが、千夏も怖い顔で見返した。
懐かしい目。
「千夏って言ったな?」
「はい」
「正直に言ったら怒らない。あいつと何回寝た?」
「そんなくだらない質問には答えられません」
「言えよ。何回したんだよ?」
「ゼロ回です!」
千夏が捨て身の眼光。乱は驚いて睨み返すが、千夏も凄い目で乱の目を見すえた。
乱が真顔になる。
「本当なのか?」
千夏も穏やかな表情で答えた。
「本当です。信じてください」
乱はしばらく千夏を見すえると、足首をほどいた。
「あ、ありがとうございます」
乱は千夏をうつ伏せにした。
「女が簡単に縛られてんじゃねえよ」
「すいません」
乱は千夏をほどくと、冷たく言った。
「もう行っていいよ。二度とあいつの目の前に現れるな」
千夏はベッドに腰を掛けた状態で、乱を見つめた。
「あの、お金持ってないんですけど」
「あっ、そうか」
乱は渋い顔で札を渡した。
「これは受け取れません」
「じゃあ、どうすんだよ」
そう言われると確かにそうだ。千夏は札数枚を受け取ると、バスルームのほうに走り、Tシャツと短パンを着た。
「乱さん」
「いいよ、行きな」
千夏は尊敬の眼差しで乱を見つめると、頭を下げた。
「ありがとうございました。失礼します」
千夏が部屋を出ると、乱は呟いた。
「あれじゃ、あいつはイチコロだな」
千夏は廊下を出ると、薄情な勇一を探したが、いなかった。
彼も命の恩人であることに間違いはない。一言お礼を言いたかった。少し未練を残して、千夏はホテルを出た。

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