《MUMEI》
破局
千夏と純と美沙子は、店の外に並べられたテーブルで、アイスコーヒーを飲んでいた。
美沙子は、スポーツ新聞を見ている。ほかの客がテーブルに置き忘れたのを手にしていた。
純は一生懸命、千夏に愚痴をこぼす。あれから真っすぐ帰ったことになっている千夏に、純はナンパのあとのことを話した。
「こんな美女二人をナンパしてだよ。食事だけってあり得ると思う?」
「紳士だったんだ?」
「紳士とは言わないでしょう。そんな草食動物ばっかりじゃ困るよ」
「草食系には見えなかったけどね。タイプじゃなかったとか?」
「千夏!」
美沙子も顔を上げて純と一緒に睨んだ。
「冗談よ」
純はアイスコーヒーをストローで飲みほすと、オーバーアクションで語り始めた。
「どこかにワイルドな肉食動物はいないかね。純、きょうは帰さないよ…嘘、何もしないって言ったじゃん…バカだな、部屋に入ったってことは、どうぞってことだぞ…そんなそんな…おまえの身も心も俺が征服してやる…キャア!」
「千夏、今度いつ暇?」美沙子が聞く。
「おい、置いてくなよ」
「付き合えっていうのかよ、そんな卑猥な話に?」千夏が言い返した。
「卑猥じゃないよ、こんなのまだ序二段だよ」
千夏は両手で呆れたポーズ。
「何千夏、今のこれは、ねえ?」
「純と話が合う男の人知ってるよ」
「だれ、紹介して」
「ダメだよ奥さんいるから」
「奥さんいてもいいよ」
「アホか」
グラスを持ってストローを加える。千夏はアイスコーヒーをひと口飲んだ。
「ねえ純。これ完璧入ってるよね?」
美沙子が純にスポーツ新聞を見せた。
「ホントだ。もうこの二人は終わりだね」
「ん?」
「怒虎乱と広矢勇一」
純の言葉を聞いて血相変えた千夏は、新聞を奪い取った。
『ついに破局か!?』
見出しを見て千夏は震えた。
「どうしたの千夏?」
二人の声は聞こえないとばかり、千夏は記事を読んだ。
『元女子プロレスラーの怒虎乱(36)と夫の広矢勇一(40)がついに離婚の危機。
今までも不倫疑惑で破局寸前まで行くことはあったが、夫勇一の絶対何もないの一点張りを、強妻は信じてきた。しかし…』
夢中になって新聞に食い入る千夏。純と美沙子は顔を見合わせて首をかしげた。
『今度という今度は逃れられない。夫の勇一は、大胆にも海でナンパした二十歳の女子大生をホテルに泊め、朝まで甘い 一夜を過ごした』
千夏は心臓が止まるかと思った。新聞を握りしめる両手が震える。
『何と怒虎乱は、朝そのホテルに乱入。現場を押さえて修羅場と化した。乱は夫をレストランに連れ込み詰問。冗談で逃げようとしたのか、勇一が、性感マッサージしかしていないと開き直った次の瞬間、ジャンピングニーパット(写真)が火を噴いた』
千夏は新聞を乱暴に置いた。
「全部デタラメだよ」
「何でわかるの?」純が聞く。
「とにかく、人の不幸を笑うのは人間として最低だよ」
「不倫だって最低じゃん」
「不倫なんてしてなかったらどうする?」千夏は純を睨む。
「一晩ホテルで朝まで一緒だったんでしょう。何もないってことはないよ」
「マスコミの言うこと鵜呑みにしちゃダメだよ。そもそも破局って笑い話かよ?」
「千夏、そんなマジになんないでよう」純は焦った。
「人が離婚するって凄い悲劇でしょう。何で笑い話にできんの?」
「熱くなり過ぎだよ千夏」美沙子も困った。
千夏は俯くと、呟く。
「ファンなんだ」
「怒虎乱の?」
驚く二人。美沙子は空気を変えようと笑顔で言った。
「あたしこの人の家知ってるよ」
「嘘!」千夏は目を丸くして乗り出した。
「たまたま友達が知ってて、ここだよって車ん中から言ったの」
「教えて美沙子!」
「聞いてどうすんのよ?」純が怪しむ。
「いいじゃん」
千夏は胸騒ぎが止まらない。自分のせいで離婚なんて考えただけでも泣きたくなる。
彼女は動いた。一か八かだ。

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