《MUMEI》
現役時代
ピンポーン。
まさに電光石火。思い立ったら何とか…。千夏は怒虎乱と広矢勇一の家を探し、今ドアの前だ。
立派な邸宅ばかりを探したから見つからなかった。こじんまりとした小さな家に二人は住んでいた。
外の様子は中からわかるのだろう。怒虎乱はすぐにドアを開けた。
「こんにちは」
ブルーの清楚なワンピース姿の千夏。いつもの薄着では誠意が感じられないと思ったからだ。
しかし乱の顔は怖い。
「あの、先日は大変に失礼をいたしました」
千夏は怖々頭を下げる。
「これ、つまらないものですけど」
千夏が差し出す手提げ袋を受け取った乱は、渋々という感じで言った。
「上がんな」
「失礼します!」
何しに来た、と門前払いも覚悟していただけに、部屋に上げてくれたのは嬉しかった。
もちろん喜んでばかりもいられない。虎穴に入って猛虎を説得する大仕事は、物理的に命がけだ。
居間に通された。キッチンとバスルームが近い。千夏はお膳の前にかしこまって正座した。
「アイスコーヒーでいいか?」
千夏は感激の面持ち。
「お構いなく」
乱はアイスコーヒーを2つお膳の上に置くと、自分もすわった。
「いただきます。凄く嬉しいです」
「似てるんだよな」
「はい?」
乱は、千夏の訪問の理由は聞かずに、突然話を切り出した。
「千夏さんって言ったっけ?」
千夏は恐縮と緊張で死にそうになった。
「さんなんて、とんでもありません。呼び捨てにしてください」
「私の先輩に似てるんだよ」
「先輩って、レスラーのですか?」
「ああ」
千夏は畏敬の態度で質問をする。
「有名なレスラーなら知ってますけど」
「黒影夕真さんだよ」
黒影夕真。千夏は知っていた。
「えええ、似てますかねえ?」
「今じゃねえよ。夕真さんが24のとき、そっくりだよ」
乱が笑う。まさか笑顔で会話できるとは。夢にも予定にもなかった。
「そうだ、写真があるよ」
乱は立ち上がると、本棚からアルバムを出した。
「私のデビュー戦の相手が夕真さんだった。最初から因縁深かったんだよ」
千夏は、24歳の黒影夕真を見て驚いた。瓜二つだ。
「へえ…」
「似てるだろ?」
「似てます」
「睨みつけるときの目なんかそっくりだよ」
ギクッ…。
いくら極限状態とはいえ、よくも怒虎乱を睨みつけるという行為に出れたものだ。千夏は額に汗が滲んだ。
「似てなかったら殴ってたよ」
「ダメですよ殴っちゃ」
千夏は若き日の怒虎乱の写真を見つけた。
「これ乱さん?」
「19歳だ」
「わかーい…」
若いと言ったあと、しまったと思ったが、特にリアクションはなかった。
巨体のレスラー。やはり目立つ。皆が恐れている有名な悪役だ。
「この人はエリカさんですね?」
「エリカって体格じゃないだろ?」
「あたしは一言も何も言ってませんからね」
千夏はややリラックスしてきた。乱からは敵意が全く感じられない。乱はおもむろにデビュー当時の話を始めた。
「19でデビューしたときから、日本一を目指していたからね。相手は黒影夕真。7年のベテランだけど、勝てない相手ではないと思った」
「でも乱さん日本一になったじゃないですか」
「先を急ぐなよ」
「すいません」即答。
「ゴング前。レフェリーがボディチェックをし終わったあと、夕真さんが言うんだよ」
「はい」
「乱、序盤は攻めさせてやるよ。思いっきり来いって」
「嘘」
「頭来てな。まるで自分が100パーセント勝つに決まってるっていう言い草じゃねえかと思って」
「そうですね」
「つまんないか、こんな話?」
千夏は慌てて否定した。
「いえいえいえい。ぜひ聞かせてください。絶対聞きたいです」
千夏が全身で聞く姿勢になっている。乱は話した。
「舐めてると思ってな。やってやろうという気になった。つまり、キレたね」
当時から短気だったのか。千夏は恐れた。
「で、ゴングが鳴った」
「……」

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