《MUMEI》
乱と夕真
怒虎乱のデビュー戦。対するは先輩の黒影夕真。5歳年上の24歳。キャリア7年。
余裕に構えた夕真に、乱はいきなり左右の張り手。顔を打たれて一瞬怯む夕真に、乱は怒りの形相でキックと張り手のコンビネーションで攻め立てる。意外な展開に大歓声が湧く。
ロープまで押す。ロープを背にした夕真は、乱の金髪を両手で掴んで威圧する。
「乱テメー殺すぞ。何やってんだよ?」
乱は無視して腰に両手を回すと、強引にフロントスープレックス!
「あっ…」
一瞬意識が飛んだ夕真の茶髪を掴むと、乱が再びダブルアームスープレック!
普通は背中から落とすが、脳天から落とす危険な荒技に、リングサイドの先輩たちも、息を呑む。
「ガチか?」
焦る夕真。乱が放ったキックを両手でキャッチすると、そのまま押してロープ際で倒す。
「ブレイク!」
夕真は乱の耳もとで「落ち着け。普通にやろうぜ」と穏やかに囁き、すぐに離れた。
しかし乱は怒りの表情。ガンガンと頭に張り手からハイキック顔面!
「あああ!」
夕真はダウン。先輩たちも色めき立ち、観客もいつもと違う空気を察した。
伸びてしまった夕真の両足を抱えると、リング中央で逆エビ固め。
「待て待て」
思いっきりエビ反り。
「!」
蒼白の夕真。声も出せない。
「ギブアップ?」
普通ならタップしているが、デビュー戦の新人相手にギブアップなんかできない。夕真は必死の形相でロープまで這う。
手を伸ばした。あと数センチ。しかし乱は再び力ずくでリング中央に戻すと、逆エビ固め。
「バカ…」
「ギブアップ?」
夕真は歯を食いしばって這う。何とかロープを掴んだ。
「ブレイク!」
夕真は乱を恐怖の顔で見上げた。自分を負かそうとしている。新人に完敗でもしたら、レスラー生命も危うい。そこはわかってほしかった。
乱は妥協しない。夕真が場外乱闘の末両者リングアウトを狙おうとしても乗らない。
夕真を張り手とキックで攻める。夕真も張り手で返す。張り手合戦。しかし乱が延髄斬り!
入った。夕真は前のめりにダウン。乱はすかさず仰向けに寝かせると、夕真の腕を取ってアームロック!
「やめろ!」
リング中央。両脚をバタバタさせてもがく夕真。
「ギブアップ?」
「乱バカ、折れる折れる!」
しかし乱は体重を浴びせる。
「ああああああ!」
「ストップストップ!」
レフェリーが止めた。乱は離れた。夕真は息づかいが激しく乱れていた。
「嘘…」
腕を押さえたまま立ち上がれない。観客席が見れなかった。
場内騒然。
試合が終われば乱も冷静さを取り戻した。試合中は完全にエキサイトしてしまった。
仰向けに倒れたままの夕真の周りには、ドクターやセコンドがいたが、乱は歩み寄って様子を見た。
夕真は乱の顔を見ると、脚を蹴った。
「覚えてろよ!」
「何こらあ!」
乱はその脚を掴むと、立ったままアキレス腱固め。
「あああ!」
「何やってんだあのヤロー!」
リングサイドの先輩レスラーが一斉にリングに駆け上がる。乱は素早く控え室に逃げた。
控え室では、皆からボスのように恐れられているエリカが、どっかりとイスにすわってモニターを見ていた。
「おまえも思いっきったことすんね」
「プロレスは真剣勝負ですから」
少しすると、夕真を先頭に数人の先輩レスラーが、控え室に雪崩れ込んで来た。
「乱テメー、タダで済むと思うなよこのヤロー!」
乱も無言で構える。睨み合い。この修羅場に余裕の表情のエリカが口を挟んだ。
「夕真。こいつ何か悪いことしたのか?」
「別会社の人は黙っててください」
「何テメー!」
いきなりすわっていたパイプイスを持って巨体が暴れる。
「やんのかこらあ!」
「やりませんよ!」
皆仕方なく逃げた。
強気の乱は、大先輩のエリカに特にお礼を言うわけでもなく、シャワールームに消えた。
エリカはほくそ笑んだ。
「いい度胸してんじゃん」

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