《MUMEI》 筋書きのないドラマ夕真の仲間がエリカの腕を掴んだ。 「謝ってるんだからやめましょうよ」 「何こらあ?」 エリカに睨まれてかなり怯んだが、声を絞り出した。 「謝ってるんですから、やめましょうよ」 「テメーら舐めてっと承知しねえぞこのヤロー!」 そう言ったが、エリカは控え室を出ていった。 夕真は思わず尻餅をつく。 「ビビったあ。殺されるかと思った」 「言葉気をつけなよ」 「盛り上がると思って」 「私までとばっちりだよ」 夕真は仲間を見上げた。 「わが友よ。体張って助けてくれてありがとう」 「ホントだよ」 そこへ私服の怒虎乱が現れた。夕真はすわりながらも身構える。 「何だよ乱!」 「夕真」 「だれが夕真だ!」 呼び捨てにされて頭に来た。しかし乱のほうが相当激怒している。 「テメー何卑怯なことしてんだよ。絶対許さねえからな」 「貴様だれに向かって口きいってっかわかってんのかこのヤロー!」 「リング上でああいうことするヤツはなあ。路上で八つ裂きにしてやるよ」 そう言うと乱は、控え室を出ていった。夕真は一瞬言葉を失った。 「夕真どうする、やっちゃう?」 「放っておけばいいよ」 「あいつマジだよ。ストリートファイトやる気だよ。先手必勝でボコボコにするしかないよ」 「いいよ」 夕真は立ち上がると、帰りの支度をした。 帰りのバスの中。乱の姿はなかった。後ろのほうの席で、夕真はのんびりと窓の外を眺めている。 ほかのレスラーはほとんど寝ていた。 「……」 乱の顔を思い浮かべる。八つ裂きとは本気だろうか。待ち伏せでもするつもりか。 内心、夕真は焦っていた。 ふと、いちばん前の席を見る。2人分の席にどっかりとすわり、ビールを次々ゴクゴク痛飲しているエリカの姿が目に入った。 「…アンドレかよ」 到着。皆降りる。夕真もバスを降りた。彼女はエリカに声をかけた。 「エリカ先輩」 「ん?」 「ちょっと、ご相談したいことがあるんですけど」 「相談?」 夕真がしおらしい。こう見ると、ただのかわいい後輩だ。 翌日の夜。 乱は、エリカに呼ばれて酒場へ行った。狭い酒場だ。 エリカはいちばん奥の席にいた。乱はゆっくり歩いて近づく。照明の暗い店だ。 エリカの向かいには黒影夕真。乱は立ち止まった。しかし夕真が穏やかな表情。 「まあ、すわれや」 エリカが言う。乱はエリカの隣にすわった。 店内は緊張に包まれた。 「ヤクザじゃねえけどよう。手打ちだ」 エリカが言うと、夕真から先に手を差し出した。 「仲直りしよう」 乱は手を出さない。すると、エリカと夕真が顔を見合わせる。夕真はかしこまると、頭を下げた。 「この通り」 乱の表情が動く。エリカはすかさず言った。 「乱。夕真にも先輩としてのプライドがある。それでもちゃんと、すいませんと手ついて謝らなきゃダメか?」 「いえ」 「よし」 エリカは乱の手を取り、夕真と握手させた。ちょうど3人で握手したような形だ。 「手打ち成立だ」 店内に安堵の空気が流れる。テーブルに酒や料理が運ばれてきた。エリカは常連客のようだ。 「でもよう、この因縁はファンが知ってるわけだから、続けたほうがいい」 「はい」夕真が気楽に返事した。 「またシングルマッチも芸がないから、オレと乱が組んでよう、夕真とタッグマッチで激突っていうのはどうだ?」 「全然ダメです」夕真が即却下。 「じゃあ、オレと夕真のシングルマッチ」 「だれも見たくないですよ」 「面白いカードだろ?」 「全然面白くないです」 乱も笑う。談笑に華が咲いた。 エリカがしみじみ語る。 「プロレスは筋書きのないドラマだ。でも世間では、プロレスはショーだと思われている」 夕真と乱は神妙な顔で聞いた。 「リング上で何人も死んでるのにな。でも、プロレスの灯は消してはならない。レスラーにも責任があるんだ。今後は茶番より本気の試合を見せなきゃな」 「……」 前へ |次へ |
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