《MUMEI》

約束通り、祭の為に先生は浴衣を用意してくださった。


「そら、着せてやろう。」


「滅相もないです、ぼく、着付け出来るんですよ?」


「そういえば始めて会ったときは君、浴衣だったっけ。」

よく覚えていらっしゃる。


「ええ、だから大丈夫ですよ。」


「段々と白が藤色に染め上げてあるんだ、君にきっとよく似合うだろう。紫は高貴な色だ、君の色にしてやろうな?」

勿体無いお言葉だ。
先生が美しい紫を畳に広げて下さった、上等な品で或ることは無知なぼくでもよく分かる。

藤色の浴衣に、海老茶色の帯を合わせて或る。


りぃ、りぃ、と
風鈴が鳴っている。
先生が浴衣と一緒に峯さんに頼んでらっしゃった。


清涼な音色が響いてくる。


「まだかい?」


「まだです、」


「まだかな?」


「まだですね、」

隠れんぼのようなやり取りを七回繰り返し、浴衣に着替えた。

襖から先生の待ち構える姿が影絵となって映し出されていた。


「ふむ、やっぱり似合う。……去年、深緑を着ていたっけか?」

先生は去年の記憶が断片的に残ってらっしゃるのか。


「……いいえ、気のせいですよ。ほら先生、祭の日には夏風邪でずっと床に伏していたじゃないですか。」


「そうだ、そうだった。」

……違うけれど、嘘では無い。
先生に不信感を持たれないように出来るだけ別の話題をした。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫