《MUMEI》
危険な食卓
話を聞いていて、千夏は感動した。
「エリカさんて、何かいい人ですね」
「いい人だよ」
「ただの乱暴者かと思った」
「言っとくよ」
「ダメですよ」千夏は慌てた。
乱はアルバムをしまうと、気さくに言う。
「夕飯食べていけよ」
「いえいえ。あたしは誤解さえ解ければいいんです」
「誤解なんか解けてないよ」
「うっ…」千夏は焦る。
「誤解を解きたいなら、夕飯付き合いな」
「でも旦那さんと会ったら、乱さんとの約束破っちゃうじゃないですか」
「今回は許す。もうすぐダンナ帰ってくるけど、二人がメール交換していたら、千夏の顔見てもそんなに驚かないだろう」
千夏はバッグから携帯電話を出した。
「誓っても旦那さんのメルアドも電話番号も知りませんよ。見ますか?」
いきなり強気の姿勢。乱はほくそ笑んだ。
「そこまで言うならメール交換はないか。じゃあ千夏を見たらびっくりするだろうな」
「たぶん」
千夏は心配になってきた。3人で食卓を囲んで、ボロが出るのを待つ作戦か。
何としても誤解を解かねば。
ピンポーン。
「帰ってきた」
乱が玄関に行く。千夏は緊張した。
「ただいま」
「お帰り」
普通の夫婦の会話ではないか。千夏は少し安心した。
「きょうはお客さんが来てるよ」
「だれ?」
勇一が乱と一緒に居間に入る。
「わあああああ!」
(驚き過ぎだよ)
千夏は焦った。乱が笑顔で勇一を睨む。
「何でそんなに驚くんだよ。心にやましいことでもあんのかよ?」
「まさか」
千夏は挨拶をした。
「こんばんは。お邪魔してます。この前は助けていただいて本当にありがとうございました」
「いえいえ」
しかし乱は突っ込む。
「何二人ともよそよそしい会話してんだよ」
乱は正座している千夏の肩を親しげに抱くと、彼女の頭を優しく抱き寄せた。千夏はじっと、されるがまま。勇一は立ったまま二人を見ている。
「実はさあ、千夏、私の後輩なんだ。3年前から」
「!」
勇一は、この世の終わりのような顔をして二人を直視した。
(グル?)
ということは、あの夜のことはすべて筒抜け。
セクハラ会話もマッサージもくすぐりの刑も水着姿が見たいと言ったことも。
(グル…グルグル、グルグル)
目が回る。
千夏は、勇一が決定的なボロを出しそうなので、急いで否定した。
「嘘ですよ。乱さんとはホテルで会ったのが初対面です」
「へ?」
「バラすのハエーよ」乱が笑顔で怒る。
「嘘は嫌いなんで」
「嘘も方便だよな」
「いえ、あたしは嘘ついたことないですから」
「そういうことにしとこう」
「本人が言うんだから間違いありませんよ」
「本人が言うことほど怪しいもんはねえよ」
「うっ…」
さすがプロレスラー。切り返し技が多彩だ。千夏は怯んだ。
勇一は着替えて、お膳の前にすわった。二人とも落ち着かない。
キッチンから乱の声が聞こえる。
「何か会話しろよ。黙ってるほうが不自然だぞ」
威圧。怖過ぎる。
「あの、旦那さんはどんなお仕事をされているんですか?」
「わざとらしい」
「ホントに知らないですよ」千夏は反論した。
「旦那さんじゃなく勇一さんて呼んでんだろ?」
「そんな…」
二人は蒼白。乱が冷蔵庫を開けると言った。
「ビールが足んねえな。ちょっと買ってくる」
(嘘…)
二人きりにさせてどうする?
乱はさっさと出ていった。
「ふう」
勇一は息を止めてたかのように脱力。
「千夏チャン」
「はい」
「乱とグルって嘘だよね?」
「嘘です嘘です」
「心臓止まるかと思ったよ」
「止まる必要ないですよ。やましいことは何一つないわけですから」千夏が口を尖らせる。
「でも君を口説いたり多少触ったのは事実だし」
「あ、乱さん」
「わあああああ!」
だれもいない。
「やめなよ千夏チャン」
「キャハハハ」
勇一もつられて笑った。
「清楚な服も似合うね千夏」
「それがいけないんですよ」

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