《MUMEI》

「これって、やばいんじゃねえの?なんか、ガスが発生したりとか」
「え、だったら早く出ようよ」
慌てて出ようとするユキナの足元に、かろうじて難を逃れた薬瓶が一本、転がっていた。
「あ、ラッキー」
ユキナは瓶を拾おうと、腰を屈める。
そして、短い悲鳴をあげた。
「どうした!」
「誰か、いる」
「どこに!」
「そこに!」
ユキナが指したのは、棚の後ろだった。
 ユウゴは銃を右手に持ち、ゆっくり、棚の後ろを覗き込んだ。

確かに、誰かがいる。

 棚の後ろにできた僅かなスペースに座り込んだ一人の女。
しかし、どういうわけか動かない。
「おい、あんた。出てこいよ。ゆっくりだ」
ユウゴが低い声でそう言うと、彼女はビクっと体を震わせた。
しかし、反応はそれだけで、出てこようとはしない。
よく見ると、その足には黒い輪がはまっていた。
「大丈夫。わたしたちは鬼じゃないよ」
ユキナが落ち着いた声でそう言うと、彼女は伏せていた顔をゆっくりと上げた。

 その顔はひどく色が悪く、頬はゲッソリとこけている。
目の下にできた深い隈は、彼女の大きな目を暗く染めているようだった。

「ねえ、ここにいたら危ないよ。薬品が混ざってガスが発生するかもしれないって」
「…………いい」
聞き取るのがやっとの小声で彼女は言った。

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