《MUMEI》
十死にゼロ生!
九死に一生という言葉はあるが、今置かれている状況は、十死にゼロ生だと勇一と千夏は悟った。
「乱、僕がすべて悪いんだ。彼女は何も悪くない。彼女だけは許してくれないか」
「問答無用!」
顔面キック。入った。勇一は転がった。
「乱、痛過ぎるぞ」
「本気で怒ってるんだよこっちは!」
髪を掴んで立たせると、首相撲から顔面膝蹴り。
「ちょっとたんま、痛い、痛過ぎる!」
千夏は手首のタオルをほどこうと必死にもがいたが、全く外せない。
「どうしよう…」
女の自分にも暴力をふるうのだろうか。千夏は不安な顔色で乱の暴走を見ていた。
勇一が反撃。両足を持ってひっくり返す。乱が尻餅をついた。
「テメー!」
その隙に窓から逃げようとカーテンを開けたが、背後からフルネルソン。
「待った!」
勇一の両足が浮いた。まさかのドラゴンスープレックス!
「あっ…」
「嘘…」
勇一が脳天から畳に落ちるのを目の当たりにして、千夏は震えた。明日はわが身ではなく、1分後はわが身だ。
勇一は首を押さえながら怒った。
「バカ、首の骨が折れたらどうするんだよ!」
「折ろうと思ってやってんだけど」
「そうでした、そうでした」
乱がボディに膝蹴りから背中にエルボー。たまらず片膝をついた勇一の顔面にキック!
「ちょっと!」千夏は思わず叫んだ。
「千夏もあとでかわいがってあげるから待ってろ」
かわいがると言われて千夏は恐怖した。ヤクザ言葉だ。
「乱、女の子に暴力はいけない」
「テメーが千夏を巻き込んだんだろ!」
「そうでした、そうでした」
乱は勇一の頭を掴むと居間へ連れて行き、お膳に前頭部をぶつけた。
「放送席!」
「がっ…」
必殺技・放送席が出るとは計算外だった。乱は軽々勇一を持ち上げると、お膳の上にボディスラム!
「だあああ!」
殺意を感じた勇一は、背中の痛みをこらえてでんぐり返し。2回転しながら玄関まで行った。
「待てこらあ!」
勇一は背を向けたまま両手で靴を掴むと、追って来る乱めがけて投げた。
「必殺靴手裏剣!」
靴や靴べらや傘が次々飛んで来る。乱は飛んだ。
「ふざけろ!」
腰にジャンピングニーパット!
「NO!」
頭からドアに激突。一瞬意識が飛んだが、ここで気を失うのは物理的な死を意味する。勇一は自分の靴を掴むと、外へ飛び出した。
「テメー!」乱も外まで追いかける。
凄まじい修羅場。千夏は自分が火種だと思うと深く反省した。
誤解を解いて二人を仲直りさせるつもりが、逆のことをやってしまったかもしれない。
ドアが開く。乱が帰ってきた。
「逃げ足のハエー野郎だ」
どうやら勇一は殺されずに済んだらしい。次は自分の番だと思うと、千夏は下半身がキュンと恐怖に縮み上がった。
「テーメー!」
乱が和室に入ってきた。ここはジタバタしても始まらない。
「千夏、よくも裏切ったな」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいだとこのヤロー!」
千夏は虎に捕まった小鹿のように、観念した。
「弁解してみろよ」
「弁解はしません」
「じゃあ浮気を認めるのか?」
「浮気なんかしてません!」千夏はそこだけは否定した。
「イチャついたら浮気だろうよ!」
「イチャついてなんかいません。必死に抵抗しました」
「縛られるの好きなのか?」
千夏は一瞬ムッとした顔をしたが、すぐ弱気な顔で乱を見つめた。
「あたしはその趣味はありませんけど、旦那さんは縛りたいみたいで」
「抵抗しろよ!」
「抵抗したらくすぐりの刑ですよ。息できないから逆らえなくて」
乱は角度を変えた。
「その前に裸にされちゃダメだよ。暴力で脅されたわけじゃねえだろ。簡単に脱がされるから、男は勘違いして攻めて来るんだよ」
千夏はあっさり答えた。
「いえ、パジャマと下着は自分で脱いだんです」
「!」
乱の顔色が変わった。
「何だと?」
「自分で脱ぎました」
「挑発したのか?」
「はっ?」

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