《MUMEI》

溜息混じりに、だが一応は話をする気はあるらしく
男は高岡へと問うて
高岡は床を叩きつけると、男の方へと顔を間近に寄せた
「……まずは、アンタの名前よ」
「は?名前?」
「当然でしょ。ヒトを知るにはまず名前から。さっさと名乗りなさい」
男の着物の袷を引っ掴むと更に顔をよせて凄む
その迫力に押し負けたのかは謎だったが、男は観念したように溜息を一つ付いた
「最初に聞く事がソレか。他に何かあるだろ」
「いいから名乗りなさい!そっちの猫も!」
言葉も強く怒鳴ってやれば、男からはまた溜息
だが、仕方がないと紙を掻き乱しながら
「……時雨 三成。こっちの猫は五月雨だ」
名前だけを端的に名乗ってやる
だが、高岡が聞きたいのは名前だけではない
四辻・少年・彼の目的
一体どれから問う事をすればいいのか、段々解らなくなってしまう
「兎に角、全部説明して!!」
半ばやけくそになって喚く高岡
男・時雨は再度溜息をつくと、だが自ら説明する事は億劫なのか、五月雨へと視線を向けた
時雨の意図を読み取ったらしい五月雨が話す事を始め
高岡へと書いた地図を出すよう言って聞かせた
「……下手じゃのう」
まじまじと眺めた後、その顔は困った風に歪められる
真っ向から下手と言われ、腹を立てない筈がない高岡は
猫の顔をまた掴みあげた
「……下手で、悪かったわね。大体、アンタがあの地図食べちゃうから悪いんでしょ!!」
フサフサとした猫の顔が間近
横に引っ張ってやりながら当たり散らせば
その高岡の頭に、時雨の手が置かれた
「……とりあえず、落着け。そんな起こってばっかだと血管切れるぞ」
撫でて宥めてくる手は優しく
だが、高岡の怒りは収まる事はない
五月雨を睨みつけ、喉の奥で唸り出してしまう
「こいつ、可愛くない!!」
元々高岡に絵心があった訳ではないが
改めてその事を指摘されるとやはり腹は立つ
今にも五月雨へと食って掛かりそうな高岡を、時雨が背後から抱きこんだ
落ち着け、と耳元で低音が鳴る
「だって、こいつ腹立つの」
不手腐った様に時雨へと訴えれば
時雨は深々しい溜息をつきながら五月雨の首の皮を掴んだ
苦しいのか脚をばたつかせる五月雨
だがすぐに、その動きをピタリと止めていた
「……彷徨うておる」
一人言に呟くと、時雨の表情が瞬間に強張る
掴んでいた手を離すと、五月雨は地図の上へとその巨体を乗せていた
「二の辻か」
「その様じゃな、人間が一匹、彷徨うておる」
時雨の言葉に五月雨は頷いて
だが高岡は状況がいま一つ飲み込めずに
「しかし、生身の人間がなんでまた」
「知るか。だが、長居させるとこちらに戻ってこれんようになるぞ」
二人の会話を傍らで聞くしか出来ない
だが聞いた処で理解出来ない話に飽き
徐に地図へと視線を落としたその瞬間に
以前と同じように、視界が白濁に染まった
その白の奥に朧げに見えてくる何か
徐々にはっきりとそれが見えてくる
「……由紀?」
見えてきた人影は遠野のソレで
何故か辻に迷い込んでしまっている様が見えた
「由紀、どして……」
「あの小僧は標糸を消そうとしておる。あの娘を辻に引きこんだのはお主を誘い出すためだろう」
動揺に声を震わせる高岡へ
五月雨の冷静な声
兎に角落ち着けと言ってはやるものの
やはり無理の様だった
「私の、所為で……」
うろたえるしか出来ない高岡
暫くの間の後、高岡は時雨の着物の袖を握りしめていた
「……連れ、てって。由紀を、連れ戻さなきゃ」
懇願する高岡に、時雨は何を返す事もせず彼女を肩の上へ
担いで上げると土を蹴りつけ高く飛んだ
眼下に広がる街
時雨の腕の中身動きが取れず、唯街を眼下に眺めるしか出来ない高岡
段々と夕暮れの朱に染まっていく街のとある場所に
高岡は群れを成す大量の朱の手を見た
「……沢山、見える。朱の手形……」
蠢くソレらに声を震わせ、時雨の着物の袷を強く握る
だが躊躇している訳にはいかない
一人彷徨う遠野を放り置く事など出来る筈もなく
意を決し、時雨にソコヘ降りる様頼めば
時雨は何を返す事もなく、だが降る様に下へと落ちて行った
降り立ったそこは地図の二の辻

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