《MUMEI》
はじまり はじまり
 いつも、ぼくはみんなが通り過ぎていくのをただ見ているだけ。

 ある男の人は、全身まっ黒で、手には四角い革の鞄。朝早いのに急いでいるのか、歩く足はとても速い。

 表情は険しくて、何かにつかれているみたいだった。

 嫌なことでもあったのかな?

 それともあるのかな?

 嫌なことって、何なんだろう?ぼくには嫌なことなんてひとつもない。お日さまはポカポカして気持ちいいし、ねずみ色の雲さんから降ちてくる粒はぼくの体をきれいにしてくれて、鳥さんの歌声だっていつでも聴ける。

 嫌なことって、何だろう?


 こどもたちが楽しそうにかけていく。みんな笑顔で、背中には大きなランドセル。男の子と女の子、手をつないで歩いてく。楽しそうに笑いながら、ちょっと顔を赤くしながら。

 楽しいって、何なんだろう?

 ぼくは楽しいってわからない、みんなと走ったら楽しいのかな。それとも手をつないだら楽しいのかな。

 ぼくは走ったことがないから、わからない。手もつなげないからわからない。

 それにしても、どうしてふたりは顔を赤くしていたんだろう?


 犬を連れて散歩するおばあさん。汗いっぱいだけど爽やかな表情をしてジョギングするおじさんとおばさん。

 みんな、みんな、何かやってる。

 歩いて・・・話して・・・喜んで・・・生きて・・・活きて・・・。

 だけど、ぼくは何もしていない。ただ、見てるだけ。

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