《MUMEI》 恐怖の再会広い喫茶店に、千夏と純と美沙子がいた。 千夏はストローでアイスコーヒーをぼんやりかき回している。 隣の純と向かいの美沙子は、明るく談笑していた。 突然純が大人しくなる。彼女は小声で千夏に聞いた。 「千夏って逆ナンしたことある?」 「ないよ」 「美沙子は?」 「あたしもない」 純は深呼吸すると、二人にひそひそと話した。 「隣のテーブルの二人。イケメンじゃない?」 美沙子はさりげなく隣のテーブルを見た。髪の長いクールな感じの男と、髪が短い爽やかな男が話していた。 「ホントだ」 千夏も見る。 「彼女いんだろ」 「そんなのわかんないじゃん」純は乗る気だ。 「あんたらも好きだねえ」 「千夏はパス?」 「パス」 「じゃあ、ちょうど2―2だ」 「おい!」 また置き去りにされる。 純は伸びをした。なるべく自然体に、リラックスしようと思った。 「行くの?」美沙子の目も光っている。 千夏は一人冷めた表情。 「あの」純が隣に声をかけた。 「え?」クールイケメンがこちらを見る。 「この辺にカラオケボックスありますか?」 「カラオケボックス。あったっけ?」 「あるよ、すぐ近くに」爽やかイケメンが答える。 「歩いて行けるくらいの場所ですか?」美沙子が輝く笑顔で見つめる。 「3人でカラオケ行くの?」 「この子は彼氏一筋で付き合い悪いから」 「おい」千夏が純を睨む。 爽やかイケメンは腕時計を見ると、美沙子に言った。 「迷ったら悪いから、店まで案内するよ」 「本当ですか?」純の目が輝く。 「行こうか」 クールイケメンが純たちの伝票を掴もうとする。 「あたしまだいますから」千夏が遮った。 「そう」 「じゃあね千夏。今度お金払うから」 「無事ならな」 「何か言った千夏?」 「独り言」 皆はまた千夏を置いて行ってしまった。 「そこまでして彼氏が欲しいかね」 千夏はすました顔でアイスコーヒーを飲んだ。そのとき、いきなり隣に男性がすわる。 「やあ!」 「え?」 絶対に会ってはいけない広矢勇一の笑顔が見えた。 「ぎゃあああ!」 千夏は伝票を握ると、席を離れようとした。 「そりゃないよ千夏チャン。せっかく再会できたのに」 勇一は強引に伝票を奪うと、千夏をすわらせた。 「ダメですダメです。乱さんに見つかったら大変!」 「大丈夫だよ、きょうはクイズ番組の収録で帰りは夜遅くだから」 「テレビ局に確認したんですか?」 「大丈夫だよ、準レギュラーだから」 「でも神出鬼没なんでしょ!」 「うるさいよそこ!」 丸い眼鏡をかけた中年の女性に注意された。千夏はムッとした顔で黙り、勇一は謝った。 「すいません…あれ?」 「久しぶりだねお二人さん」満面笑顔。 「あ、梅干し…」 「だれが梅干しバーサンだい?」 海の家の店主は、笑いながらテーブルに来た。 「何勝手に相席してるんですか?」 「相変わらず口が減らないね小娘」 「何が小娘だよ!」千夏は怒った。 「礼儀というものを知らないね。あんた、教育が足りないよ」 「何しろ甘やかせて育てたもんですから」勇一が頭を下げる。 「勇一さんも調子合わせる必要ないよ、こんな…」 「こんな、なんだい?」笑顔で睨む。 「こんな、疫病神に」 「疫病神!」 入った。予想外の角度から来た。ダメージは大きい。 「だれが疫病神だい!」 千夏は逃げた。勇一もあとを追う。 「千夏チャン疫病神はひどいよ。せめて死神くらいにしとかなきゃ」 「こらあ、どう違うんだ!」 レジまで行くと、千夏は伝票を置き忘れたことに気づいた。 「あっ…」 梅干しバーサンが伝票をひらひらさせて勝ち誇った笑顔。 「探しものはこれかい?」 「勇一さん取ってきて」千夏はふくれた。 「いいよ、私がご馳走してやるよ」 しかし千夏は黙って店を出た。 「千夏チャン!」 勇一は梅干しバーサンに頭を下げると、千夏を追いかけた。 前へ |次へ |
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