《MUMEI》

「え、いいって何が?」
「……ほっといて」
「そんな、ほっとけない。危ないってば」
ユキナは隙間から彼女の方へ手を伸ばした。
しかし、彼女はその手から逃れるように、狭いスペースのさらに奥へと体を押し込もうとする。

その反動で、彼女を隠している棚がグラリと大きく揺れ、上の方に残っていた瓶が転げ落ちた。

 ガシャーンと派手に瓶が割れ、中の液体がその場に溜まっていた液体に混じる。
途端に、刺激臭を伴う白い煙が発生し始めた。

「おいおいおい!マジやばいぞ」
ユウゴが右腕を鼻にあてながら出口へ向かう。
「早く、ここにいたらマジで死ぬって!」

 ユキナはさらに女に向かって手を伸ばすが、彼女はなぜかホッとしたような笑みを浮かべてユキナを見返した。

「死ねるのね」
「え?」
「やっと楽になれる」
「なに言ってんの!」
「わたしはどうせ、生きられないもの。足にこんなもの付けられて、周りは狂ったように人を殺す。こんな世界で生き抜いていくなんて無理。でも、誰かに殺されたくもない。だから、わたしは、死を選ぶの」

ユキナはかけるべき言葉が見つからない様子だ。
「わたしはいいから、あなたたちは行って。こんな国で生き抜こうというのなら行きなさい」
女はだんだんと力強い口調になりながらユキナに言う。

「……行くぞ!これ以上は俺らもやばい」
ユキナは少し迷い、やがて頷いた。
「あ、待って」
部屋から出ようとした二人を女は呼び止め、ポケットから何かを取り出した。

「もし、あなたたちが生き延びることができたなら、これをポストに入れてくれる?」
そう言って、女が投げて寄越したのは一通のクシャクシャになった封筒。
ユキナはそれを拾い上げ、力強く頷いた。

「ありがとう」

女は、今から死のうとしているとは思えないほど柔らかな笑みを浮かべていた。

二人はそんな彼女を残して部屋から出た。

そして、白い煙が立ち込める部屋にしっかりとドアを閉めたのだった。

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