《MUMEI》
報せ
「裕斗、裕斗…」

「……ン…、………
……隆志……」





低い、小さな声と共に俺は隆志に揺り起こされ、病室の外に引っ張れた。

眠い瞼を擦りながらシンと静まりかえる廊下を見渡す。

「…ふあ〜…、隆志仕事終わったん?」
「いや、まだだけどそれどころじゃなくて、…、ちょっとここじゃ話せねー、…−−家族室も避けるか……、ちょっと外良いか?」

「はあ?外?………」

寒いじゃんって言おうとしたが…

隆志のただならぬ雰囲気に俺は言葉を飲み込んだ。

「……わりい、急いでくれ…」

「わかった」


俺は病室をそっと開け、置き忘れていたコートを掴んだ。
羽織りながら速足で進む隆志の後ろを着いて行く。



入口を出たところで、隆志は立ち止まり左右を見渡しだした。


俺は隆志が場所を探しているんだと察し、隆志の前に立ち、ベンチのある方に促した。






「どうしたんだ」

「仁さんが亡くなった」

「……は?」

「惇の兄貴が死んだんだよ!交通事故で!」

「………」


「………」



「マジかよ…」


惇の兄貴が……


死んだ……。


「…今ニュースで大騒ぎだ、過労で入院中の加藤惇の兄貴が事故で死んだって…、もし惇が知ってしまっていたらと思って慌てて来たんだ」

隆志は木に両手をつき、地面を見つめている。


「…なあ、あいつ風呂場で崩れてたぞ?…もうちょっと、ちゃんと見てやってくれよ…」


「………、ごめん…、ワリイ…」


「………、くそ…」




あの時間だからとっくに入ってたのかと解釈してしまっていた。

一言聞けばよかったのに、俺は秀幸に会えて浮かれて、惇の事を粗雑に扱った…。


「そんなもういい…、もう……、なあ、俺仕事しなきゃなんねーんだよ…」

隆志は木に手をついたまま、ずるずると下に崩れ落ちた。

「こんな情況だって仕事しなきゃなんねーんだよ、もう行かなきゃなんねーんだよ…、なあ、頼むよ、惇の事頼むよ、
本当は……本当は…」


バシッ!!



地面の落ち葉が隆志の拳で、舞い上がった。



「俺がついてやりてーんだよ!
おまえになんか頼みたくねえ!
安心できねーよ!
あ〜もう!クソっ!なあ、頼む!
俺が戻るまで




惇を……頼む……」


真っ白になる頭ん中。

俺は……。

「惇を頼む」


「…わかった」

前へ |次へ

作品目次へ
ケータイ小説検索へ
新規作家登録へ
便利サイト検索へ

携帯小説の
(C)無銘文庫