《MUMEI》

駆け足でワゴン車に乗り込む隆志。

乗り込んだ途端、車は急発進した。

焦る様に駐車場を去って行った。


俺は呆然とそれを見送った。





寝相よく、規則正しい呼吸で眠る惇。

俺は惇の寝顔を覗いたり、窓の外を見ながら、そろそろ夜が明けるのを感じていた。

ただ、傍にいただけの俺。

何もしてなかった俺。

もし隆志が来なかったら惇は風呂場で倒れていたかもしれないと思うと、もう自分のいい加減さが情けなくてめちゃめちゃ悔しい。


なんの足しにもならねー役たたず。


「はあ〜…」


万が一俺が惇に惚れていたとしたら俺は隆志にまるで敵わなかった。


ガラ…


「………」

「………」


平山さんが静かに入って来た。


無言でお互い挨拶をして、平山さんは惇の傍に座った。





「…知ってます、俺…」

「…そうか…」

「隆志が来て教えてくれたんです、…
まだ惇は知りません」

「………、……潮崎君には世話になりっぱなしだな…、あの子寝る暇もない位忙しい筈なのに…」

平山さんは惇の指先に触れながら、そう、静かに言った。


「そうですね…、あいつは凄いです、俺なんか来たって本気で寝てるだけで何もしてなくて…」

「そんな事はないよ、今の惇には気の許せる人間に傍にいてもらう事が一番の薬になっているんだから…、本当はその役割を俺や、親御さんがすべきなんだろうけど、惇にとっちゃ気兼ねするだけの対象だったからね、


俺も親御さんも坂井君には感謝している、もちろん、潮崎君にも……」



惇のお袋さんは惇の傍に居たかったみたいだが、惇が強引に帰してしまったらしい。

理由は聞いていないけど、きっと店の事を考えて惇は気を使ったんだろう。


「潮崎君、なるたけ坂井君のスケジュールに合わせて仕事の時間ずらしてるみたいなんだ、先の予定もできるだけ押さえてる、始め惇と潮崎君が付き合ってんの知った時正直まずいんじゃないかって思ったけど……
今はよかったと思ってる。
お兄さんの事も潮崎君がいなければ、惇はきっと乗り越えられないだろうしね」


「……、隆志…、知らなかった…」



「あの子、移動中にちょっと仮眠取る位できっと寝てない筈だよ、−−−なんだかなあ、惇が羨ましいよ、

こんなに想って貰える相手なんか人生に一回会えるか会えないかだ、

惇…、もう病人やってる場合じゃないぞ」

前へ |次へ

作品目次へ
ケータイ小説検索へ
新規作家登録へ
便利サイト検索へ

携帯小説の
(C)無銘文庫