《MUMEI》 それからというもの、ワシと旦那様は、奥様の目を盗んでは、夜毎繰り返される甘い時間を過ごした。 じゃが、来る時が来てしまった…。」 老婆は仏壇の写真をみる。 その眼差しは、余りにも悲しいものに見えた。 「何が起きたんですか…?」 「妊娠じゃ。 ワシは旦那様の子を妊娠してしまった…。 ワシはその事を旦那様に打ち明けた。 …その時の旦那様の顔といったらなかったよ…。 人は、あんなにも他人を、冷たい目で見れるものなのじゃと学んだよ。」 老婆は悲しく笑った。 「産むなと…言われたんですね?」 「あぁ。まぁ、当然じゃ。財閥の人間が、使用人をはらませたと、世間にばれればどうなるか…。」 「でも…」 貴士は仏壇の写真に視線を送る。 何かいい事があったのだろう。 白黒写真の中の少年は、満面の笑みで、確かにこの世に存在していた事を、証明していた。 前へ |次へ |
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