《MUMEI》
三日月
二人は無言でロビーの長椅子に座った。
ユキナが手に持った一本の薬瓶と、どこかで発見したらしい包帯をユウゴに手渡す。
ユウゴは瓶から消毒液を垂らし、手近にあった布に染み込ませた。
それを自分の左腕にそっとあてる。
恐ろしいほどの痛みが全身に走る。
ユウゴはそれを歯を食いしばって堪えた。
それから、包帯を器用に右手と口を使って巻いていく。
ユキナに手伝ってもらいたかったが、彼女はユウゴのことなどまるで気にせず、いつまでもあの部屋の方を見つめていた。
ようやく一人で包帯を巻き終わり、ユウゴは立ち上がった。
「おい」
「……え?」
「おまえは?怪我の手当て」
「あ、うん。平気。お腹が鬱血してるけど、骨は大丈夫みたいだし」
「そっか。……じゃ、行くぞ」
「……うん」
「なんだよ。今日はここに泊まるか?」
「ううん。別の場所がいい」
「じゃ、行くぞ」
二人は病院を後にした。
歩きながら、ユキナは託された封筒を見ていた。
「それ、誰宛てなんだ?」
「わかんない。けど多分、親宛てじゃないかな」
「ふーん」
二人はなんとなく妙な雰囲気のまま歩き続ける。
ユキナの気持ちもわからないでもない。
きっとかなりショックだったのだろう。
自分達は当然のように、誰かが死ぬのも見過ごしてきたし、自分のために他人を殺した。
当然、他の人たちも生き延びる為に必死なのだろうと思っていた。
それなのに、自ら命を絶つ選択をする者がいるなんて。
しかも笑いながら、心底ホッとしたような表情を浮かべて。
「諦めちゃう人もいるんだね」
「しょうがないさ。みんながみんな、強いわけじゃない。ある意味、あの人は最良の選択をしたのかも」
「なんかユウゴ、冷たいね。わかってたけど」
ユウゴは応えず、黙って空を見上げた。
真っ暗闇に、きれいな三日月が、ぽっかり浮いている。
あと、二日。
ユウゴは呑気に浮かぶ三日月を睨みつけた。
前へ
|次へ
作品目次へ
ケータイ小説検索へ
新規作家登録へ
便利サイト検索へ
携帯小説の
(C)無銘文庫