《MUMEI》

何事かと振り返れば、事の説明を求めてくる
だが、ソレに関しては高岡も詳しく説明してやる事は出来ない
返す代わりに高岡は遠野へと笑んで向けると
大丈夫だから、とだけ返していた
「じゃ、また明日ね。由紀」
努めて明るく、普段通りの別れ際の言葉
交わして、別れて
これが日常
そして踵を返した高岡の目の前には
非日常が広がる
姿を現す時雨・五月雨を高岡は睨みつけながら
「全部、説明して貰うわよ」
時雨の着物の袷を引っ掴み凄んで見せる
仕方がない、といった様な溜息をつく彼の袖を掴むと
高岡はその勢いを衰えさせる事のないまま自宅へ
全力で戸を開けば、ちょうど帰宅したらしい父親と出くわした
見知らぬ男を引きずって帰って来た娘に、段々とその顔が引き攣っていく
「あ、蒼?その男は一体……?」
高岡を溺愛する父親は、突然の出来事にその場へと座り込んでしまい
「か、母さん!蒼が、蒼が!!」
うろたえる余り母親を呼ぶ父親は取り敢えず無視し
高岡は時雨を引き摺ったまま足早に自室へ
入るなり、依然と同じく時雨を座らせ向かいに腰を降ろす
さっさと説明しろ、との高岡の催促に
時雨はため息を一つ、またつくとゆっくりと話す事を始める
「……何から説明していいか分からん。テメェは何が聞きたい?」
逆に問う声が返され
高岡はソレを機会とばかりに一気に問い詰める事を始めた
四辻・標糸・あの子供の目的
そして時雨自身の事
捲くし立ててやれば流石の時雨も困りはて髪を掻いて乱す
その全てに答えて返すのがやはり面倒なのか、時雨は五月雨の方へと向いて直った
「またか……」
またしても説明役を押し付けられ、うんざりといった五月雨
だが文句など返すだけ無駄だと理解しているのか、溜息をつくと高岡の膝の上へ
顔を寄せろ、との声に
素直に従い顔を近く寄せた高岡の鼻先に五月雨のソレが触れてきた
瞬間視界が白濁に覆われ
その白の奥から、幼子の声が聞こえてきた
誰か居るのかと見えない白の中、それでも眼を凝らせば
段々と、されが見え始める
何もないそこに立ち尽くすのは少年
両の手に大量の銀糸を握り
涙を流しながら、だが無表情で眺め見る
垂れて下がる糸の先にあったのは血に塗れたヒトの群れ
糸に絡め取られ身動きが取れず、ただもがくばかりのその群れに
少年は更に涙を流す
何故逝こうとするのか、どうして自分を一人にするのか
行かないで欲しい、と切に願った次の瞬間
少年は辻へと迷い込んでしまう
見慣れない其処に一人立つ少年
だが何故か、少年の顔には笑みが浮んだ
「そうだよ。みんな此処にいれば……。それなら僕は一人じゃないから……」
皆、迷ってしまえばいい
少年の至福に満ちた声に高岡は現へ
戻ってくるなり、高岡の頬を一筋涙が伝う
「……私、なんで泣いて……」
拭っても、止まる事はなく流れてくる涙
悲しい何かがその瞬間高岡にあった訳でもなく
唯どうしてか、見せられたそれが彼女の胸をひどく締め付けていった
「ど、して……」
泣く事も途中に、高岡の意識が突然に途切れる
倒れ込んでしまうその身体を時雨は受け止め
ベッドへと横たえてやると、時雨は徐に自身が使用している巨大な扇子を取って出した
現れるなり、持ち運びに都合のいい大きさにそれは縮み
おまもりだ、眠る高岡の耳元で呟いてやりながら高岡の制服の胸ポケットへ
忍ばせてやると窓の桟へと手をかけ、そこを後にしたのだった……

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫