《MUMEI》
・・・
 あの女性を見る限りでは本当に王都に住む人は心が広いのかもしれないと思ってしまう彼だったが、実際は運が良かっただけだった。誰でも彼でもがあの女性と同じことをするはずがなく、どちらかと言えば逆の対応をする人のほうが多いのではないだろうか。
 とにもかくにも、何だかんだで食事代を浮かせたファースは女性と別れを告げ王都の市場を歩いていた。
 「なんか、悪いことしちまったな」
 冗談半分で言ったオゴリが、まさか現実になってしまうとは。昼食の全額を負担してくれた女性の顔を思い出し、罪悪感がチクリと胸を刺した。
 「そこのお兄さん、ちょっと寄ってけよ」
 人ごみに混ざり進んでいると傍を通った露店の店主が手招きをしていて、
 俺? 自分の顔を指す。
 直射日光で輝く頭に負けないくらいの爽やか笑顔で頷く店主を見る限り、やはり彼を呼んでいるようだ。見てみると店は家具雑貨を取り扱っているようで、戸棚やティーカップが並んでいる。どれもそう価値のないものだろうが、作りはしっかりとしていてどれも長く使えそうだった。
 「俺、こういった物に興味ないんだけど何かよう」
 「そう言うなよ、実際買ってみると病みつきになるんだぜ、お兄さんも使ってみればわかるよ。お一つどうだい」
 手近にあったティーカップを半ば強引に手渡してくるが、ファースも欲しくも無い物を買うほどお人好しではない。二人の手の上をティーカップが行き来する。無言のラリーが二、三度続けられると我慢できなくなったファースが口を開いた。
 「要らないって言ってるだろ、鬱陶しいおやじだな」
 「へへっ、なんて言われようとこれは受け取ってもらうぜ」
 じわじわと汗がながれ、静かだが激しいバトルが繰り広げられる。どちらも引く様子は全くなく、いつまでもこの調子が続くのかと思っていると。
 「くそ、はげおやじが・・・・俺は、そんなの要らねえんだよ」
 より強く押し返したとき、ティーカップはおやじとは別の方向へ行ってしまった。
 『あっ』
 重なる二人の声、ティーカップは石畳と接触して幾つもの破片を作り、割れてしまった。こうなってしまえば戦いは終了だ、何となく静かになった二人だが、唯一湾曲の残る部分を見ながらオヤジがあからさまな溜息をついた。嫌な予感がよぎるなか恐る恐るオヤジに目を向けると、店主はじとっとした目を向けてくる。
 「やっちまったなお客さん、売り物割っちまったよ。困るんだよね列記とした商品なんだよ、俺の明日の生活費になるんだよ、あれ。
 それをあんな風にしちゃったら、することは一つしかないよね?」
 先ほどと違い店を経営する主としての声だった。あのふざけたオヤジがここまで変わるとは、何となく気圧され彼は上目づかいで遠慮がちに、
 「・・・わ、悪かったよ」
 「違うでしょ」
 期待はずれの言葉にため息をつく。ファースの謝罪は店主の求めている返事ではないようで、首を振って呆れ顔。ファースも嫌になってしまう、こちらに落ち度はひとつもない。というのに
 「他に何があるってんだよ」
 「違う違う、もっとこう・・・ね、あるっしょ?」
 一体なんだというのか、これ以上この状況で使える言葉など青年は知ってはいない。まさか身体で払えとでも言うのだろうか?
 それが頭をよぎり、ビクッとオヤジから身を引いた。
 「か、身体で払えって言うんじゃねえだろうな」
 顎の震えが止まらない、違う違うと心の中で叫びながらオヤジの返事を待った。
 「お、やっと当ててくれたか。あんたも相当なニブチンだなっ」
 正解と言い、手で○を作る。こんなオヤジにそんな趣味があったとは、見ためで人は判断できないとこの危機的状況に陥りやっと学習した。青ざめる顔面に、未知への恐怖が身体を支配する。オヤジは歯を見せ微笑い、歩み寄ってくる。まさかと思っていた可能性が現実のものとなり、ガタガタと震える肩を掻き抱き数歩後退していく。

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