《MUMEI》

 「……なんだよ、これは」
某日某所、とある場所にあるごく普通の事務所
其処に静かに響いてきた男の怒気を孕んだ声に
その場は瞬間に沈黙を得ていた
明らかに苛立ったような様子で、目の前に立つ女性へと言い募っている
だがその女性は表情一つ変える事はせず
「仕事の、依頼です」
と、端的過ぎる説明
余りに省かれ過ぎた説明に
卓上に置かれた紙切れを見ながらその男・サキ ヴァレンティはあからさまに嫌な顔をして見せた
だが女性からは無言の圧力
文句の一言も言えなくなってしまい
結局はそれに押し負けてサキは渋々紙を捲る
「なるほどな」
荒方に眼を通し、
サキは書類を卓上へ
それ以上見ようとしないサキへ、相手はその書類を手に取った
「もう、いいんですか?」
早すぎるソレに相手はつい問う事をし
理解は出来たのかを続けて問う
一応、と頼りない返事を返してやれば
相手は僅かに溜息をついた
「……コウ君。悪いけど、お茶貰える?」
部屋の隅にて溜まりに溜まった書類の整理をしていた少年へ頼む事をする
少年 コウ・ジェニックは小さく頷くと茶を入れに台所へ
それを横目に、女性は改めてサキへと向いて直る
「今回は警察直々の依頼です。今回、とある人物の誕生パーティーに出向いて戴きますが、目的はとある人物のの身辺調査にあります」
「らしいな。それで?これには書かれてねぇ様だが、標的は?」
「……ラング・ユーリ」
その名を聞いた途端、サキの表情が僅かに引き攣る
「……よりにもよってあの危険人物かよ」
溜息混じりに呟きながら、だが依頼は警察直々のソレで
断る、という選択肢は到底認められない
「……ライラ、服用意しろ」
仕方なしに女性 ライラへと言って向けると
ライラは漸く観念したか、といった様子で頷いて支度の用意を始めた
部屋の奥へと入っていく彼女の背を見送り
そして、その直後
「・・…世の中、馬鹿ばっかりか」
小汚い普段着を脱いで捨てながら、一人言に呟く
ソレを傍らにて聞いていたコウが、何の事かと小首を傾げた
「……何でもねぇよ。それより、お前も支度しろ。出掛ける」
「出かけるって、何所にだよ?」
何を告げる事もしないサキへ
問うて向けるコウだったがサキは詳しく話す事はやはりせず
「仕事に決まってんだろ。ライラ」
ライラを呼ぶと、コウの支度を、と頼んでいた
ライラは頷く事をすると、コウの襟首を掴み上げ部屋の奥へ
訳も分からず騒ぎ立てるばかりのコウに溜息をまたつきながら、サキもまた身支度を始めたのだった……

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