《MUMEI》
・・・・
 兵士アランは昨日の自分が犯した失態に激しい苛立ちを覚えていた。あと少しでクレアの居場所がつかめるというところで逃してしまったのだ、誰もが悔しがるだろう。
 厚さ三十センチ程もある石の壁をあの男は真っ二つにしたとでもいうのか。そんな非常識なことが考えられるはずない、軍に入っているものでもあれほどの厚さの石を斬ったやつなんていないし、第一あの男は武器を持ってなかった。
 いくら考えても答えが出るはずもない、彼が立っているところとは世界が違っているからだ。己が理解できるのは所詮己の知りえる範囲だけであり、ファースと言う存在はその中に入っていなかった。
 宮廷内を歩いていると、突如女が現れた。女は壁にもたれかかりこっちを見てきているが今のアランにはそんなことはどうでもよかった。
 無視を決め込みすれ違おうとしたその時。
 「きみの全は世界の一でしかない。きみの知ってる世界は小さい、限りなくね。私なら、世界を広げてあげられる」
 不可解な台詞に足を止めてしまう。だが女の言っていることがわかるわけもなく、苛立っている彼は邪険にした。
 「初対面だがはっきり言わせてもらう、言っている意味がわからないぞ」
 礼儀をわきまえる普段の彼からは考えられない突き放し方だった。それでも女は顔色一つ変えずに続ける。
 「わからなくて当然、きみはこちら側に来ていないからね。昨日、その目で見てきたでしょう、こちら側の能力を。
 あれはきみが思っているようなものじゃない、もっと特殊で特異なもの。自分の視たものの規模をイメージしてその規模にあわせて空間を断つ、それが武器も持たないあの子が壁を両断できたカラクリ。
 それにしても、あの子はなかなか筋がいいわ。正確な厚さなんて把握しずらいのにあの子はしっかりと理解してた。
 でもあまり使い勝手のいいものとは言えないわね、イメージが小さすぎれば壁を両断できず、逆に大きすぎれば対象じゃないものまで破壊してしまう」
 いつのまにか聞き入り、女にくぎ付けになっている。
 「待ってくれ、何を言っているのかわからない」
 話に頭が追い付かず、消化不良を起こしてしまい混乱する。
 「ようするに、きみが仇を取りたいなら私について来なさいってこと」

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